カミロ・メヒアへのインタビュー 「イラクの問題は米国にある」
イラクに派兵され、二度目の派遣を拒否した米軍兵士が、占領そして「今撤退するのは無責任だ」という議論の偽善・レイシズム・倒錯を語る。
カミロ・メヒアへのインタビュー
「イラクの問題は米国にある」
エリック・ルーダー
2005年9月21日
CounterPunch原文
カミロ・メヒアは、イラクで兵務についたあと公に再派遣を拒否することを明らかにした最初の米軍兵士である。彼は、良心に従う決断により、9カ月間、軍の禁固房で過ごすこととなった。
釈放されてから、彼は精力的な反戦キャンペーンを行い、シンディ・シーハンがクローフォードにあるジョージ・ブッシュの農場の外で反戦ビジルを始めた際に同行し、また、戦争に反対して裁判にかけられているセント・パトリック・フォーを支援するためにニューヨークにも赴いた。著書『Road from Ramadi』が New Press から出版される。
ルーダー:戦争に反対するようになったのはどのような経緯でですか?
メヒア:私はそもそもの最初から戦争に反対でした----戦争が始まる前からです。
政治的には、米国政府がこの戦争を皆に押しつけているように見えました。国連安保理の承認はなく、米国内の人々の承認もありませんでした。米国の歴史的なお仲間であるドイツやフランスをはじめとする大国の承認もありませんでした。
9-11[2001年9月11日ニューヨークのビルとワシントンの建物に航空機が突入した事件のこと。1973年9月11日チリの民主的に選ばれたアジェンデ政権に対するCIAが後押ししたクーデターのことではない]を正当化の手段につかうのは大きなイカサマのようでした----ハイジャッカーの多くはサウジアラビア出身なのに、我々はイラクを侵略しようとしていたのです。大量破壊兵器については、北朝鮮が兵器で飾り立てていますが、我々が侵略したのは、破壊兵器があるかどうかまったくはっきりしない国でした。国連査察官は、兵器があるかどうかわからないと言っていました。ですから、政治的にはまったく意味をなさなかったのです。
多くの人が、私が戦争に反対するようになったのはイラクに駐留していたときだと考えています。その前から私は戦争に反対でした。軍の中にいる多くの人が戦争に、いや少なくともこの戦争に反対していたように。
けれども、多くの人が、契約に署名し制服を着ることは、私たち自身の判断を放棄したり、自らの政治的・道徳的信念に従って特定の戦争あるいは戦争一般に反対する決定することができなくなることとは違うということをわかっていません。
何かに本当に反対ならば、制服も、軍法規律も関係ありません。むりやり何かをさせることはできません。最後には、いつだって自分で決断するのです。
最初、それがわかっていませんでした。ですから、戦争には最初から反対だったのですが、イラクに派遣されました。それから徐々に変わっていったのです。最初は、政治的に非人称的に、そして遠くから戦争に反対していたのですが、それが道徳的かつ個人的に戦争に反対するようになります。たんに新聞で読むだけのものではなくなるからです。
捕虜虐待について活字で読むだけでなく、実際に虐待を加えるのです。民間人殺害について読むのではなく、実際に民間人を殺すのです。占領について読むのではなく、実際に占領し、家に侵入し、外出禁止令を強制するのです。
読んで知るだけでは、これらすべては抽象的なものですが、それがあまりにも現実となります。というのも、それらが良心の一部、記憶の一部、自分の存在の一部となるからです----決断したことと決断しなかったことのすべてが、自分自身になるのです。
ですから、単に政治的に戦争に反対するだけではすまなくなります。自分自身が反対の存在そのものになるのです。誰にとってもそうなるとは言えませんが、私自身にとってはそうでした。
私たちが行なった最初の使命は、捕虜を48時間眠らせないようにしておくことでした----大騒音を作りだし、動物以下の扱いをし、道徳的、心理的、精神的に捕虜を破壊したのです。眠らせないためにニセの処刑を加えもしました。これは、占領が始まった頃----2003年4月----のことです。
それから次の使命に入りました。スンニ派三角地帯のラマディに行きました。最初は大した問題ではありませんでした。ほとんど反対はなかったのです----反対が本当になかったというよりはむしろ反対派が十分に組織化されていなかったため、それから、米国が占領に来たのかサダムを追放するためだけに来たのかをはっきり見極めようとしていた段階だったためでもありました。
けれども私たちが駐留を続け数週間がたつうちに、ゲリラの組織化は進み、攻撃はより頻繁に激しく、高度になってきました。それに対して応酬したため、私たちはイラクを無茶苦茶にし始めたのです。
ラマディでは、何一つちゃんとされませんでした。警察を訓練して町を統制させる期日----何も実現しませんでした。政府も回復せず、水道も復旧せず、下水システムの修理もなされませんでした。いたるところにゴミが散乱していました----悪臭と煙は恐ろしいものでした。学校もやっていませんでした。
占領とは、かくもおそましいものなのです。そんな中で、誰かを助けているなどという感覚を持つことなどできません。私たちはイラクにいて自分たちの処置に夢中で、殺されないようにしているだけでした。
ルーダー:当初戦争に賛成していたたくさんの兵士がイラク駐留を通して変わっていったと思いますか?
メヒア:私は最初から意識が高かった方ではありますが、それでも自らの経験から、そうだと言えます。ときおり、以前信じていたことについて、クソッタレ、何てことを信じていたんだと自問することがあります。
ハディタに巨大なダムがあります。米軍が狙いを付けた中で最大の資産で、共和国防衛隊が防衛していたところでした。バグダードの電力の75%を供給していたのです。そこにはとても優秀で経験を積んだ多くの技師が働いており、これらの人々は流暢に英語を話しました。彼らは給料が出なくても仕事場に来ていましたが、必要な部品がなかったため、できることは多くありませんでした。
そこで彼らは腰掛け、私たちはダムを守るために腰掛け、たくさん話をする時間がありました。私はそのうちの一人に、これから多くの金がもたらされるので、たくさん稼ぐことができるのは確実だと言いました。というのも、米国で彼らと同じようにこうした設備で働いている技師たちは一トンも----恐らく10万ドルも----稼いでいるからです。「よい身分になって、仕事と権限を持つことになるだろう」と私は彼らに言いました。
本当にそう思っていたのです。この占領の中には、イラクの人々を助ける側面もあると----米国がイラクの契約者に金を支払いイラク人が自ら国を開発できると、本当に考えていたのです。それから、帝国主義的占領の苦い真実を知るようになりました。
人々を虐待するのを目にし始めるのはショックでした----ハードコアの熱血的な戦争賛美者にとってさえ。しばらくして、ただ生きてイラクを去るためだけにそこにいるような状態になりました。大きなショックでした。
けれども、軍内での洗脳教化はとても強かったので、こうしたことを目にすることができ、不快なのに、私は契約に署名したのです。
我々は自由と民主主義と正義のために戦っているという偽善と嘘の向こう側を人々は見ることができます。人々は、この戦争が石油や金、帝国の地政学的な地位のためでしかないことを知っています。そして、二度と志願はしないといいながら、それでも軍務を続けるのです。軍に対する、国に対する、お互いに対する義務感があり、それをうち破るのは難しいからです。
ルーダー:ジョージ・ブッシュは、米国はイラクの状況が改善されるまで駐留するだけで、できるだけ早く部隊は帰国すると言うでしょう。それについてはどう思いますか?
メヒア:M-16の銃口や戦車や爆弾やアパッチ・ヘリで民主主義を押しつけることなどできません。占領がある限り民主主義はあり得ません。占領があれば恐怖があり、恐怖があれば自由がないからです。イラクで人々はとても怯えています。ゲリラと占領に怯えています。声をあげるも家を離れることも怖がっています。
最大の問題は私たちにあります。タカ派の戦争屋と企業にとって、ちょっとしたゲリラは健全なものです。彼らは自分たちが問題を作りだしていることを知っていて、それを続けることで自分たちの利益になるのです。というのも、暴力がある限り、外国軍の駐留を正当化できるのですから。
1970年代と1980年代のラテンアメリカ諸国を見ると、ほとんどの国が、米国が据え付け資金を与え訓練した軍事独裁政権により支配されていました。これらの国を収奪し搾取して利益と利潤を手にするために、弾圧と暴力と恐怖が必要だったのです。
ルーダー:米国は駐留を続ける責任があると思いますか? それとも即時に撤退すべきでしょうか?
メヒア:即時撤退すべきです。イラク人が成功するためには16万人の重武装した兵士が必要だというのは、あからさまな人種差別です。
たとえて言うならば、あなたに家族がいて、その家族をあなたがきちんと維持するために、棒を持った誰かが家の中にいる必要があるというようなものです。そしてあなたが何かでミスをすると頭を殴られるというわけです。何があなたにとってよいことか、その誰かはあなたよりもよく知っているという理由で。
それは、100万人の外国人侵略者が米国にやってきて、お前たちには問題があるから我々はここに居座る、というようなものです。お前たちの国には選挙を盗み取った大統領がいるし、ハリケーンでは自分で身を守るしかなかった人種的マイノリティがいるから、と。
米国の人々は、奴らは女性を虐待するから我々があそこにいるのだと言います。けれども、ここ米国では、8秒に一回、女性が殴られているのです。米国の女性は男性と同じ給料を得ず、仕事の機会も同等でなく、テレビでは品位を貶められます。5分おきに、美しい若い洗練された女性が膝をついてトイレを掃除する洗剤の広告や、アメフトの試合を見ている男たちの集団に食事を作る広告などが流されます。
この偽善は信じがたいまでのものです。私たちは、イラクの議会で25%は女性でなくてはならないと要求します。ここ米国ではどうでしょうか? たった14%です。それにもかかわらず、私たちはこうした主張を駐留を続ける理由に使っているのです----「私たち」というのは本当ではありません。政府のことです。
自分たちを解放できないのに、他人を解放するなどとどうして言えるのでしょうか? 米国の教育システムは、産業諸国の中で最悪のものの一つ----単独の最悪とは言わないとしても----です。4000万人以上の人が健康保険を受けていません。大学に行くために金を払わせる教育体制です。
米国には美しい権利章典と憲法がありますが、不幸にしてそれが皆に適用されたことはなく、選ばれたわずかな集団に適用されてきたに過ぎません。他人の自由を手助けすることについて考えることができるようになる前に、ここ米国で、私たちが自由を必要としているのです。
「北朝鮮が兵器で飾り立てていますが」:軍事費の圧倒的なトップは米国。第二位は日本です。
投稿者:益岡
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