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2005/08/02

イラクのshoot to kill

先日,ロンドンで,私服警官が自爆しそうな人物を地下鉄駅で射殺するという事件がありました。射殺された人物は爆弾など持っておらず,自爆などしそうにもない人物だったことがすぐに判明し,このことはメディアでも大きく取り上げられました。私も個人のウェブログで何度か書いています(→その1その2その3その4その5)。

一方で,私は,この件がメディアで報じられたのを受けて,「イラクでは同じようなことがもっと多くの一般市民の上に起きているのにまったく報じられていないではないか」という憤りをぶつけたかのようなアラブの人の意見も,ネット上のどこかで見ました。(URLを控える前にブラウザが落ちたのでURLを示せないのですが。。。)

正直なところ,ロンドンでのあの一件を(特に)英国のメディアが大きく取り上げていることを「不公平だ」という点で批判するかのような見方には,私は同調しません。イメージ的には「あたくしたちは立派で紳士です」みたいな英国ですが,実はああいうshoot to kill――負傷させ取り押さえるためではなく,殺すために,治安当局が発砲する――は北アイルランド紛争/問題において行なわれていたことであり,それが人権という点で非難された経験が英国にはあります。それが,「自爆テロの脅威」によって,あっさりと復活してしまったことが,英国の今回のshoot to killの問題のコアの部分にあります。

ではイラクでshoot to killで殺されている人のことは無視して,ストックウェルという南ロンドンの,さほど裕福でもないようなエリアの地下鉄駅で,分厚いコートを着てキョドってたから(がたいのいい白人に追いかけられたら誰だってキョドる)ってだけで射殺されたブラジル人電気技師のことばかりに注目が集まるという状態がいいのかというと,そんなことはない。

というわけで,イラクでのshoot to killの事例を報じている記事を探してみました。米国の新聞記事です。日本の人にとってはやや冗長に見える部分もあるかもしれませんが,じっくりと読んでみてください。

World Peace Report(ニュースポータル)経由,「ピッツバーグ・ポスト・ガゼット」のサイト掲載のLAタイムズ記事。

一般市民の死で米国への嫌悪感が燃え上がる
Civilian deaths fuel dislike of U.S.
イラク政府は米軍に対し,もっと慎重になるよう要請
Iraqi government calls on troops to be more careful
Sunday, July 31, 2005
By Richard C. Paddock, Los Angeles Times
http://www.post-gazette.com/pg/05212/545886.stm

【イラク,バグダード発】特に印のない1台のセダンが,イラク警察重大犯罪担当部署の本部の近くで停車した。セダンには3人の男が乗っていた。伝統的なアラブの「ディシュダシャ」を来た男2人が,セダンから降りた。

そのとき,1台の米軍車両が地下通路から現れた。この男たちが襲撃をしかけるものと思い込んで,米兵たちは発砲した。セダンに乗っていた男1人が死亡し,ほかの2人が負傷した。セダンの運転手の頭部には,弾丸の破片2つが命中した。

米兵たちは停車せずにそのまま車を走らせた。

このような銃撃は,バグダードでは,珍しいことではない。しかしこの車を運転していた人物は,ちょっと特別だった――イラク警察の重大犯罪部署のチーフ,マジード・ファラジ准将(Brig. Gen. Majeed Farraji)だったのだ。セダンに同乗していた2人は准将が車に乗せたヒッチハイカーで,武器は持っていなかった。

「米兵が私たちを撃ったのは,単に,まるで確認もしないからです」と,7月6日にこの銃撃が起きた数時間後,病院のベッドで准将は語った。頭は包帯でぐるぐる巻きにされていた。「誰も彼らを罰さないし,彼らの責任だとも言わない。」

この数週間,米軍によって殺される,武器を持っていない一般市民の数が増加している。このことに立腹したイラク政府は,銃撃を批判し,米軍に対し,もっと慎重に行動するよう要請した。

このような事件で殺された一般市民の数を公開せよとの要請を,米国側はこれまで何度も断ってきた。バグダードの警察は,5月1日から7月12日までの期間にバグダードで殺された非武装の民間人は33人,負傷したのは45人との報告を受け取っていると述べている。計算すると,2日ごとにほぼ1人死亡ということになる。これはバグダードのみの数値であって,イラク国内のほかの場所でのことは入っていないし,また,警察に届けられていない事件も算入されていない。

一般市民への銃撃が止まないことは,米国に対する嫌悪の情をますますかき立てている。また,米兵は助けるためにここに来ているのだということを一般国民に納得させようという努力も,これで台無しになってしまっている。銃撃の被害にあった人の中には,医師やジャーナリスト,大学教授もいる――オープンで民主的な社会を建設するために力になってほしいと米国があてにしているような人々である。

「もちろん,こういった銃撃のせいで,(占領)反対勢力への支持が増えるでしょう」とファラジ准将は言う。准将は49歳,米国の承認を得て警察幹部に任命された。「アメリカ人への嫌悪感は増してしまいました。私だって嫌いですよ。」

米軍に対する脅威で最も大きなものに,自爆攻撃がある。兵士たちは検問所で立ち番をしたり,ハムヴィーの砲台に就いてパトロール活動を行なったりするときに,ガードのない状態になる。攻撃者は自身が死ぬことも辞さず,それゆえ自爆攻撃から身を守ることは難しい。その性質ゆえに,米兵らの一般国民への信頼が低くなる――すべての一般市民が容疑者となる。

米軍高官は,疑わしい車両があれば,米兵らはその車両が自分たちのところに来る前に運転手を撃ち,自身の身を守らねばならないとしている。

数万といる重武装した私営警備企業の契約者たちもまた,米国政府によって,自衛のために相手を殺す武力行使を認められている。

米政府のために仕事をしているある警備企業社員は,殺されるリスクをおかすよりも,まったく罪のない人を撃つ方がよいと話す。この人物は,同僚が自爆で殺されるのを目撃している。

「殺されるよりは裁判を受ける方を選ぶよ。(I'd rather be tried by 12 than carried by six【成句表現】)」――メディアに語る権限は与えられていないので名前は言えないとした上で,このように彼は言う。

米軍兵士による銃撃で死亡したケースについてはすべて調査をしている,と米軍は言う。しかし,イラクでの多国籍軍スポークスマンである米軍のドン・アルストン准将(U.S. Brig. Gen. Don Alston)は,検問所で,あるいは道路で一般市民を銃撃したことで懲罰となった兵士のことは1件も知らないと言う。調査で判明したことが公表されることは,ほとんどない。

匿名を条件に取材に応じたバグダード駐留のある米軍高官は,「新たな敵を作るな」が軍の優先事項のひとつであると語る。同時に,「ここはまだ戦闘地域だ。兵士がしなければならないことと,一般市民が自分ができると感じることとが衝突する場合もあるだろう。」【原文:it's still a combat zone. There are going to be times when what the soldier needs to do and what the civilian feels he should be able to do come into conflict】

6月27日。この日49歳になったサラハ・ジュモー(Salah Jmor)は,家族を訪ねてバグダードにやってきた。

父親のアブドゥル=リフマン・ジュモー(Abdul-Rihman Jmor)は,2万人以上のクルド系部族の長である。

サラハは25年前にイラクを出て,以来スイスで暮らし,国際関係学の博士号を取得し,スイスのシティズンシップを取得している。

10年に渡り,彼はジュネーヴの国連事務所でクルド系イラク人の代表をつとめた。1988年にはハラブジャでサダム・フセインが毒ガスを使用して10万人以上を殺したことについて,世界の注意を喚起するのに貢献した。

米国主導のイラク侵略の後,サラハ・ジュモーはイラク新政府でのポストをオファーされた。しかし彼はそれを断った。ジュネーヴで彼は,オハイオ州のケント州立大学のthe Center for International and Comparative Programsの准教授をつとめており,ジュネーヴに残りたいと考えたのだ。

バグダード到着の翌朝,彼は弟で建築家のアブドゥル=ジャバー・ジュモー(38歳)と一緒に事務所に行くことにした。アブドゥル=ジャバーは8車線のバグダード中心部のモハメド・カシム・ハイウェイを,オペルのハッチバックで走行した。時刻は午前9時半,道路にはたくさんの車が走っていた。

オペルのハッチバックは,反乱勢力が好んでいる車種である。

3台のハムヴィーから成る米軍車列が,ガイラニのランプからハイウェイに入ってきたとき,ジュモー兄弟は追い越し車線にいた。兄も私も兵士は見なかったとアブドゥル・ジャバーは言う。

突如,サラハが弟の膝に倒れこんだ。アブドゥル・ジャバーはどうしたんだと声をかけた。すると兄の頭から血が流れ出していた。フロントガラスに1つ,銃痕があった。

アブドゥル・ジャバーが路肩に停車したとき,米軍の車列が進んでいくのを見た。彼は,減速せよという合図も見なかったし,警告射撃も耳にしなかったと語る。

数分後に米兵はUターンして戻ってきた。ひとりが申し訳ないと言った,とアブドゥル・ジャバーは言う。彼らは1時間以上も救急車の到着を待った。

「私は彼らに言いましたよ,『どうして私を撃たなかったんです? 運転していたのは私だ』って」とアブドゥル・ジャバーは言う。「けれども彼らは答えませんでした。」

米軍が最初にイラクに侵略/侵攻したときには私も家族も米軍を支持していました,とアブドゥル・ジャバーは語る――しかしもう過去の話だ,と。

「こういったことがあるから,人々はますますアメリカ人を憎悪するようになる。アメリカ人は人々の生命のことなど気にしない。毎日彼らは,新たな敵を作っているんです。」

スイスはジュモー殺害についての説明を求めている。ワシントンでは,国務省はスイス政府とジュモー氏のご家族に心より哀悼の意を述べたとし,国防総省が調査を開始したとしている。

バグダードでは,家族はスイス大使と面会したとアブドゥル・ジャバーは言う。しかし米国政府からのお悔やみは聞いていないと言う。米国の調査官からの連絡も家族にはないですね,と彼は付け加えた。

米軍はイラクの道路規則を改定(redifine)している。

軍の検問所――コンクリート壁やレイザーワイヤー,狙撃手の常駐する場所といったものが複雑に配置されている――がバグダード市内のインターセクションに設置されている。英語とアラビア語で"Deadly Force Authorized(致死力のある軍隊の管理するエリア)"と書かれた看板が立てられている。あまりに高速で近づく車は,殺すために撃つ(shoot to kill)部隊によって発砲される危険を冒すことになる。

軍が臨時の検問所を設けることもある。これは家宅捜索などの軍の作戦の期間に行なわれる。これは一般市民にとってはより危険なものとなりうる。というのは,臨時の検問所は事前の予告なく街の通りに現れることがあるからだ。

軍の車列が街路をパトロールする。この車列は,通常ハムヴィー3台で編成されている。それぞれの車両の上に,上半身の一部を出して射撃手が位置している。射撃手はルーフに設置された機関銃をいつでも撃てるように構えている。兵士にとっては,この場所が,イラクで最も危険な場所のひとつである。

軍は,ありとあらゆる一般車両は軍の車列から少なくとも100ヤード離れて走行するものと考えており,一般車両が近寄りすぎると,兵士が下がれという合図をだす。この合図には,小さな「止まれ」のサインをふることもあるし,ぎゅっと握った拳を掲げることもある。

拳を掲げられても見落としやすいというイラク人の意見がある。また拳は,イラクの道路利用者にとっては紛らわしい。というのは,イラクでは「止まれ」の合図は通常,米国と同様に,手を広げて上に上げるというものだからだ。

ハイウェイでは,米軍のハマーからかなりの距離を取ったところで,車が団子状態になっている。しかし,必要とされる距離を軍の車列から取ることが難しくなることもある。軍の車両がいきなり車線を変更したり,ハイウェイに合流したりする場合がそうだ。

米軍の交戦規範では,一般車両があまりに近寄りすぎた場合には「武力の拡大(escalation of force)」をするようになっている。兵士たちは,まずは手や腕での合図を出し,次に威嚇射撃を行ない,最後に殺すために撃つ(shoot to kill)よう訓練されている,と米国の高官は言う。

この高官は「その兵士が脅かされていると感じた場合の自身および隊の自衛の権利を奪う条項は,交戦規範にはない」とこの高官は言う。2003年3月の侵攻以来,イラクの戦域(the Iraq theater)では1700人以上の米兵が死亡している。【←サダムの軍と戦っていたときの犠牲者数を差し引くと,「戦後」の「連合軍」の死者はおよそ1550人:ICCC参照。】

一般市民の死者数が増加しているにも関わらず,この高官は,「武力拡大」事態はこの4ヶ月で半減しているとしている。しかし,何ら具体的な数字は出そうとしなかった。

欧州の外交官によれば,米軍が自軍を守ることを重視していることで,米兵が一般市民を殺したり負傷させたりする傾向が,例えばイラク南部に駐留する英軍など,米国以外の連合軍(the coalition)参加国に比べて高くなっている。

「米国は部隊を守ることを第一の優先事項としている」とこの外交官は述べる。なお,本国の了解を得ずにコメントしているとの事由で,この外交官は詳細を伏せることを希望している。

「英軍も自衛は優先してはいるが,それを絶対的優先事項にするなどということはしていない。米軍兵士があまりに簡単に発砲するのはこういう事情があるからではないかと私は思う。」

(Times staff writers Borzou Daragahi and Raheem Salman in Baghdad and Paul Richter in Washington and special correspondent Asmaa Waguih in Baghdad contributed to this report.)


最初の警察のおえらいさんの事例は「警察署の前に停車した車からそれらしい男が降りた」から撃たれたケース,2番目のスイスの市民権を獲得しているクルド人の事例は「米軍車両に近づきすぎた(米軍車両がいきなり出てきたのであっても)」から撃たれたケースで,まだこのほかに,「検問所で撃たれた」ケースがイラクでは多発しています。

また,どうしようもないくらいにくだらない理由で逮捕されるイラク人の事例は数限りないほどあり,その一例が,先日拘束されたKhalid Jarrarさんです。

彼の逮捕の一部始終については,彼がウェブログに記事を公開したのを日本語にしてあります。大変に長いので5分割です。ここではなく,Raed blogの日本語版のほうにポストしてありますので,お読みください。
その1
その2
その3
その4
その5

投稿者:いけだ