.comment-link {margin-left:.6em;}

teanotwar - mirror/archive (Japanese fonts required)

Official mirror site of our blog, for those who can't access it, http://teanotwar.blogtribe.org, due to the technical problems, firewall setups, etc. http://teanotwar.blogtribe.org/のミラーリングを目的としています。記事部分に何も表示されていない場合は下までスクロールしてください。個別記事へのリンクは,記事の投稿時間のところをクリックすれば表示されます。

2005/10/18

イラク憲法国民投票について (2)

1つ前の記事で言及したAP記事を中心に,今回の国民投票について,より具体的なことをまとめておきます。

なお,APの記事は15日のレファレンダムが締め切られてすぐに配信されたと思われるのですが,元の記事の構成がかなり混乱しています(明らかに,パラグラフの前後が違うのではないかと思われる箇所がいくつかあるなど)。下では要旨だけにしぼった上に,パラグラフを並べかえるなどしてあります。

とにかく,アンバール州の状況がいかにひどいか,ということだと思います。(アンバール州については,AP以外のソースからの情報を下部にまとめてあります。)

Large Turnout for Iraq Constitution Vote
Saturday October 15, 2005 8:01 PM
By LEE KEATH
Associated Press Writer
http://www.guardian.co.uk/worldlatest/story/0,1280,-5346267,00.html

選挙についての事実関係と,イラク人の声の部分のみ,概要:
イラクでは憲法についてのレファレンダムが15日に行なわれた。投票所は午前7時に開かれ,午後5時に閉められた。金曜日(14日)の晩に反乱勢力が電力供給ラインを切断し,バグダードおよび周辺地域は停電していたが,土曜日の朝までに政府はこれを復旧させた。

【注:金曜の出来事については,カナダCTV記事などによると,キルクークとベイジからバグダードへの送電線が切断されたとのこと。】

当日の攻撃はほとんどなかった。事前の予想通り,憲法は承認される見込みである。

しかし,憲法に反対しているスンニ派の投票率が予想より高く,承認は僅差で決まる可能性もある。スンニ派が多く,憲法の成立についてのキーを握る3県での投票率は66パーセントを上回った。

この憲法が承認されれば,(年内に議会選挙を行なったのちに)恒久的な政府が成立することになっている。米国政府としては,恒久政府が成立すれば,駐イラク米軍15万人の撤退を開始できると考えている。

バグダードでは,全土からの投票箱や集約結果が集められ,電力の供給が途絶えているためにランタンの明かりの元で開票作業が進められている。建物の外では,イラク兵たちが日没後の食事を取っている。

イラクの推計27万の人口の60パーセントを占めるシーア派と,20パーセントを占めるクルド人は,約40条からなる憲法草案を支持している。憲法草案は,両者が集中している北部と南部の自治を規定している。

一方でスンニ派は,連邦制はイラクを分断し,スンニ派は貧しい中央部に残されると考えて,草案に反対している。

水曜日(12日)に為された投票直前の草案の修正では,スンニ派が後から憲法を改正する機会が約束された。このため,スンニ派アラブ人のイラク・イスラム党は草案の支持に回ることとなった。

南部では,投票を終えた人々が(投票を済ませた印である)紫色のインクをつけた指でVサインを掲げて投票所から出てくる。シーア派の重鎮の呼びかけ通り,「賛成」の票を投じたものと思われる。

しかしバグダードを含むスンニ派の地域では,高い投票率が見られたが,「反対」の票がかなりの割合を占めていると思われる。

一方で,投票の当日の攻撃が心配されていたが,結局はこの数ヶ月で最も平和な1日となった。米軍とイラク軍によって,特に投票所周辺では厳戒態勢がしかれてきたが,投票日の攻撃は数としては少なく,バグダードの1200箇所の投票所のうち,銃や爆弾による攻撃を受けたのは5箇所(投票に来た人7人が負傷)。当日イラク兵4人が死亡しているが,投票所から離れた場所での路肩爆弾によるものであった。

土曜日,選挙当局者が語ったところによると,当初の推計での全体の投票率は61パーセントだった。18の県のうち7県では投票率は66パーセントを上回ったが,その中にはキーとなるスンニ派アラブ人が多数を占める県も含まれる。

投票率が66パーセントを上回ったSalahuddin, DiyalaとNinevahの3県の結果が,憲法草案の行方を左右する。これら3県はすべてスンニ派が多数を占めているが,シーア派やクルド人の人口も相当数である,とthe Independent Elections Commissions of IraqのFarid Ayarは語る。これらの県ではスンニ派が草案否決に必要な3分の2の反対票を得たいと考えている。

同様の投票率を記録したのは,これら3県のほかに,スンニ派とクルド人とシーア派が暮らすバグダードとTamim,および,シーア派が圧倒的多数を占める南部のBanilとカルバラである。シーア派が多数の南部各県や,クルディスタン自治区となっている北部各県のほとんどでは,投票率は33から66パーセントの間である,と,the Independent Elections Commissions of IraqのFarid Ayarは,土曜日に投票所が閉められてほどなくして行なわれたバグダードの記者会見で語った。Ayarによれば,南部Qadissiyah県では有権者のうち投票したのは33パーセントに満たなかった。土曜日の会見では,どの県についても,はっきりとした数字については,彼は述べていない。

これらの数字からは,草案支持が自明であるシーア派やクルド人の地域よりも,スンニ派,シーア派,クルド人が混住している地域の方が投票に熱心であったということが読み取れる。

一方で,スンニ派アラブ人が圧倒的多数を占め,米軍・イラク軍と反乱勢力との主戦場となっているアンバール州の投票率については,まったく情報がないとAyarは述べた。

アンバールの最大の都市,ファルージャでは,数千単位の有権者が投票した。しかしそのほかの都市や町では,反乱勢力からの報復を恐れる人がより多く,投票に出かけた人はほとんどいなかった。

【注:アンバール州については,「投票所が設けられていなかった」という情報もあります。14日のロイター記事によると,「ラマディの人権活動者であるマフムード・サルマン・アル=アニが金曜日に語ったところによると,『ハディーサ,ヒット,ラワ,カーイム,アナ,バグダディといった各市やその周辺の村落には,投票所はない。これらの都市には投票所もなければ,投票用紙すらない。……投票しようと思ったところで,どうやってどこで投票すればいいのか誰も知らない』。AP記事の「反乱勢力からの報復を恐れる人がより多く,投票に出かけた人はほとんどいなかった(原文は:But in other towns and cities, where fear of insurgent retaliation was higher, almost no one was seen going to the polls.)」という記述は,中途半端な関係副詞の使い方をしている点からも(becauseを使っていない),ちょっと微妙なように思えます。】

スンニ派アラブ人の投票率の高さは,ほとんどのスンニ派がボイコットした1月の議会選挙のことを思うと,劇的な変化である。半ズボンにサンダル履きでアザミヤ地区の投票所に現れた22歳の労務者,Jilan Shakerは「デタラメもいいとこですからね。アメリカ人が書いた憲法には『ノー』ですよ」と語った。

1月の選挙では全土での投票率は58パーセントだったが,アンバール州での投票率は,全有権者のわずか2パーセントだった。NinevahやSalahuddinといったスンニ派アラブ人の多い県での投票率も低かった。

【注:地名については地図をご参照ください。】

キーとなる北部の都市モスルでは,スンニ派アラブ人地域の幼稚園に設けられた投票所に1日中絶え間なく,上等な服を着た人々が投票に訪れた。スンニ派の27歳の教師,Gazwan Abdul Sattarは,「政府が力ずくで縫い合わせた服を国民に押し着せようったってそうはいきませんよ。この草案には私たちの姿は見えないし,私たちの将来も見えません」と語った。彼は反対票を投じた。

一方モスルのクルド人地区で,34歳の主婦,Bahar Salehは「この憲法は,ようやく,クルド人に失われた権利を与えるものです」と語った。彼女は赤と緑のクルドの旗を体に巻きつけて投票所から出てきた。

午後5時,イラク全土の6000箇所の投票所が締め切られたときに,多くの祝砲が聞こえてきた。ラマダンの断食が終わろうとする時間で,バグダードの通りでは人々がお菓子を配る姿も見られた。

南部では,いくつかの都市では1月の選挙よりも投票率が高かったと報告している。大アヤトラのアリ・アル=シスタニは支持者に対し,投票所に足を運び憲法を支持するよう訴えていた。

バグダードのシーア派が多いカラダ地区の小学校に設けられた投票所で最初に投票した有権者のひとり,30歳で3人の子の母親であるZeinab Sahibは,「テロリストにはうんざりしているので投票に来ました。この国に再び安全になってもらいたいですから」と語った。「この憲法は,統一/団結と希望を意味しています。」

バグダードでは米軍のハムヴィーが街路のパトロールにあたり,イラク軍と警察が,コンクリートの壁や有刺鉄線で守られた投票所を警備していた。近隣の建物の屋上には,重機関銃を持ったイラク兵が配置されていた。戦車や装甲車に乗った米兵も近くにおり,上空ではヘリが旋回していた。自動車爆弾を阻止するため,車両の運転は禁止された。

バグダード中心部でスンニ派もシーア派も暮らしているKhulani地区では,有権者は3度の所持品検査を受けてから,大規模な投票所に入っていった。人の流れは途絶えることはなかった。中には杖なしでは歩けないような高齢者や,チャドルを着け乳児を抱いた若い母親も見られた。また,クルド人の伝統的な衣装を着た人やジーンズをはいた若者も多く見られた。

バグダード市内でシーア派がほとんどを占め,急進的なムクタダ・アル=サドルによってコントロールされている【注:原文はcontrolled by radical cleric Muqtada al-Sadr】サドルシティでは,人々は賛成票を投じると考えられていた。しかし,雑貨店を共同経営する23歳のHaitham Aouda Abdul-Nabiはそうではなかった。サドルシティ中学に投票に現れた彼は「イラクのシーア派の9割以上が憲法に賛成していますが,私は違います」と語った。理由はというと,サダム・フセインの追放以後のカオスにうんざりしているからだという。反乱勢力(insurgents)による殺人,反乱勢力(rebel)と米軍の間の戦闘,シーア派とクルド人が大半の政府内での抗争,ほとんど毎日の電力不足などなど。「イラクの私たちのような者には,力でしか結果をもたらすことはできません。残念なことに,私たちにはサダムのような人物が必要なのです。この政府じゃあまりに弱すぎます。」


アンバール州については,文中にも「注」の形で書き込みましたが,APの記者が言うように「投票したら報復されるから怖くて投票に行けなかった」のではなく,投票所そのものがなかったという報告があることは,非常に気がかりなことです。「注」に書き込んだロイター記事がデッドリンクになっている場合,下記で読んでみてください。ラマディでは人々が投票所はどこだと探して歩いていたそうです。
http://www.abc.net.au/news/newsitems/200510/s1483055.htm

また,アルジャジーラ記事によると,「報復が怖くて」とぬけぬけと(!)書いているAPの人も話を聞いているthe Electoral CommissionのFarid Ayar氏は,「アンバールでは,すべてのセンターを開くことができなかった。207のセンターのうち,開けているのは144だ(In Anbar, we couldn't open all the centres. There were 207 centres that were supposed to open there and I think we opened 144)」と述べています。また,「後にAyar氏は,全土で6230箇所の投票所を開ける計画だったが,実際にあいているのは5850だと述べた(Later he said about 5850 of the planned 6230 polling sites nationwide had opened)」とのこと。全体で,380もの投票所が開けられずじまいだったということになります。Ayar氏の話では,アンバール州で開けられなかった投票所は63箇所という計算になりますが,そしてそれ自体が大変な数ですが,実際にその6倍の数の投票所が開けられずじまいというこの数字は,どう読めばいいのでしょう。

また,同じアルジャジーラ記事によると,シリアとの国境地帯にあるカーイム(これまで何度か「掃討作戦」が行なわれてきたところです)では:
Speaking to Aljazeera from the western town of al-Qaim, an Iraqi journalist, Falih Abd al-Karim reported: "There were no polling centres in the town so we could not participate in the process."

Because of the US military operation Iron Fist, residents of al-Qaim - estimated to be more than 150,000 - were unable to vote, Abd al-Karim said.

The journalist added that if residents had been able to vote, most had intended to vote against the constitution.

イラク人ジャーナリストのFalih Abd al-Karimの報告によると,「カーイムでは街には1箇所の投票所もなく,私たちはこのプロセスに参加できない」。米軍の軍事作戦(作戦名アイアン・フィスト)のために,15万人以上と推定されるカーイム住民は投票ができない。カーイム住民は,投票ができたならば,反対票を投じたであろう。


そして,土曜日のレファレンダムが終わって2日後,月曜日,米軍はラマディを爆撃,70人を殺しました。死者について,米軍は「武装勢力」といい,目撃者は「一般市民」というという状況も,残念なことに,いつも通りです。

なお,土曜日の状況について,AP記事では「投票所への攻撃はなく,投票所とは離れた場所でイラク兵4人が路肩爆弾で死んだ」とありますが,ラマディ爆撃のBBC記事によると,土曜日にラマディで路肩爆弾で米兵5人が死んでいるそうです。

以上,英国の人がやっているニュースのまとめを中心としたブログ,Lenin's Tombからニュース記事へのリンクをたどってまとめました。

AP記事の最後にある,サドルシティの人の言葉には,暗澹たる気持ちにさせられます。そういう問題か,と。APがどういう意図でこの人の意見を記事の最後に持ってきたのかもわからないし。

投稿者:いけだ