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2006/10/31

『ランセット』のレポートとそれに対すaる批判、およびイラク・ボディ・カウント

2006年10月11日、英国の医学誌『ランセット(Lancet)』に、イラク戦争後の死者数の調査結果が発表された。
http://www.thelancet.com/webfiles/images/journals/lancet/s0140673606694919.pdf

『ランセット』での調査レポートはこれが2度目である。1度目は2004年10月29日に発表された。
http://en.wikipedia.org/wiki/Lancet_survey_of_mortality_before_and_after_the_2003_invasion_of_Iraq

2004年のレポートでは、イラクのほかの地域と比べて明らかに突出した結果となるであろうファルージャ(2004年春の包囲攻撃後に状況が極めて悪化した)は外した上でも、「暴力的な形で(=通常の病気などではない形で)死んだ人は98,000人」という数値が発表された。

一方、2006年のレポートで発表された死者数は「655,000」。これはイラクの全人口の2.5パーセントに相当する。

(以上、数値はWikipediaの記述に基づいている。)

以下に両レポートの概要を示す。また、このレポートの示す死者数が「あまりに多すぎる」という批判の根拠となることが少なくないイラク・ボディ・カウント(IBC)について、改めて見てみる。

■ランセット(Lancet)のレポート
『ランセット』は英国の医学誌(週刊)で、専門家が記事を書く医学誌として世界で最も信頼されるもののひとつである。創刊は1823年。出版元のElsevier社は、Reed Elsevier社の医学・科学部門出版専門部門の会社で、Reed Elsevier社は兵器見本市の主催をするなど軍需産業とのつながりが深いが、『ランセット』はこれに強く反対している。
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Lancet

同誌では、イラク戦争後の死者数の調査結果は、2004年10月と2006年10月の2度、発表されている。

2004年10月の調査結果については当ブログでも過去に記事にしているが(参照1参照2)、概要をあらためてメモしておく。

調査を行なったのは米ジョンズ・ホプキンス大のレス・ロバーツ博士(専門は疫学)のチーム。チームのメンバーはLes Roberts, Riyadh Lafta, Richard Garfield, Jamal Khudhairi, Gilbert Burnhamで、Riyadh LaftaとJamal Khudhairiはイラクのムスタンシリヤ大学のアカデミック、残りは米国のジョンズ・ホプキンス大とコロンビア大のアカデミックである。

調査は現地での聞き取りに基づいている。聞き取りは2004年9月に行なわれた。聞き取り対象はイラク全土で33クラスタ(1クラスタは30世帯から成る)。

調査の結果として、イラク戦争開始前と比較して、死亡のリスクは2.5倍に高まった(95% CIは1.6から4.2)。死者数が多く報告されているファルージャを除いた上での全体の死亡のリスクは、開戦前の1.5倍(95% CIは1.1から2.3)である。具体的数値としては、イラク戦争開始後の戦争による死者数は、ファルージャを除外して、98000(95% CIは8000から194000)である。

33クラスタのうち、15クラスタで暴力的な死が報告され、それらは主に連合軍の行為によるものである。暴力的な死のリスクは、開戦前と比較して、58倍(95% CIは8.1-419)である。
http://image.thelancet.com/extras/04art10342web.pdf

次に、2006年10月(新しいほう)の調査結果についても、概要を簡単に示しておこう。(詳しくは過去記事を参照。)

調査を行なったのは、2004年の調査と同じく、米ジョンズ・ホプキンス大のレス・ロバーツ博士(専門は疫学)のチーム。チームのメンバーはGilbert Burnham, Riyadh Lafta, Shannon Doocy, Les Robertsで、2004年の調査のときと1人入れ替わっているが、同様にジョンズ・ホプキンス大とムスタンシリヤ大のアカデミックで構成されている。

調査は現地での聞き取りに基づいている。聞き取りは2006年5~6月に行なわれた。聞き取り対象はイラク全土の16の県からランダムに選ばれた50クラスタ(1クラスタは40世帯から成る)で、3クラスタがmisattributedなので除外し、最終的には47クラスタの1849世帯、2801人から聞き取りを行なった。

調査の結果として、イラク戦争開始前の死亡率は1年で1000人あたり5.5(95% CIは4.3から7.1)。それが、戦争開始後には1年で1000人あたり13.3(95% CIは10.9から16.1)と高まっている。2006年7月時点での戦争が原因の死者数の推計は、654,965 (95% CIは392,979から942,636) で、これは人口の2.5%にあたる。このうち、601,027人(95% CIは426,369から793,663) が暴力が原因の死(で、残りは戦争のために病院設備が破壊されて治療が受けられずに病死した、などである)。
http://www.thelancet.com/webfiles/images/journals/lancet/s0140673606694919.pdf


■ランセットのレポートへの批判
2004年のレポートも、2006年のレポートも、批判の対象となっている。それらの批判にはいくつか種類がある。政治的な配慮を元に発言せねばならない人たち(英国政府、米国政府など)からの「批判」というか「否定」は別にすると、「調査の手法がおかしいのではないか」というものや「数値があまりに高すぎる」というものがある。英国の報道系ブログなどを少し見てみたが、そこに投稿されている一般の読者のコメントなどを見ると、「数値が高すぎる」という批判には、「批判」であるというよりも「(感情的な)反発」も少なくない。そこから一歩進んだような(「進んで」いるのか「後退して」いるのかは微妙だが)、「何らかの意図があっての数値ではないか」という疑念も示されている。

「数値があまりに高すぎる」という批判(反発)の論拠のひとつが、2004年でも2006年でも、「イラク・ボディ・カウント(IBC)」の数値との乖離があまりに大きいということである。実際、2006年10月の時点ではIBCの数値は約50000、それに対して『ランセット』は約650000と、その差は13倍にもなっている。

結論から言えば、『ランセット』とIBCの数値を直接比較することに「印象」とか「センセーション」以上の意味があるとは、ほとんど思えない。両者は手法においても目的においても、まったく別個のものだからである。「驚く」とか「意外な印象を受ける」といったことは確かにあるけれども、真面目に比較すべき数値であるとは思えない。

けれども、普通に関心を持ってニュースを追ったりしている限りでは、「イラクの民間人死者数」について常に閲覧可能な数値はIBCのものしかないのだから、たとえ意識していないにしても、IBCの数値と比較してしまうのは仕方のないことかもしれない。

個人的には、IBCの、ものすごく控え目な約50000という数値でも、十分に「もうたくさんだ」という域に達していると思うのだが。

■イラク・ボディ・カウント(IBC)
IBCは2003年、米軍のトミー・フランクス司令官(当時)が「死者数は数えない(We don't do body counts)」と述べたことを受けて[1]、軍はやりそうにもないので、自分たちで民間人(=軍人ではない者)の死者数の記録を取っていこう、という主旨で始められた民間の、というか米英の学者や活動家たちの取り組みである。ひとことで喩えると「まとめサイト」のようなもの。つまり「ほかで書かれていることを1箇所でまとめた」ものだ。

米英など「連合軍」の武力行使で直接死亡した民間人、およびその武力行使から生じた別の勢力による武力行使(反占領武装組織の爆弾攻撃など)で死亡した民間人の数を、2003年3月の武力行使開始から現在までずっと継続してデータベースとして記録して、ネットで制限なく簡単に閲覧できる形で広く発表しているのは、IBCだけである。

しかし、IBCのやっていることは、厳密な意味での「死者数の統計」ではない。そのことは、IBCの人たちはしっかり自覚している。ただ大メディアが「IBCによるとこれまでの死者は最大で○○人」と書くことによって、情報に接する側が勝手に、この数値を「統計」だと思い込む、という現象はあると思う。特に英語圏で英語メディアしか情報源に接していない場合、イラクに限らず一般的に、自分たちのメディアが報じる以上のことが世界にはあるのだということが実感できてないというケースもあろう。しかも米大統領ら政権トップが口にする数値は、IBCの数値よりもずっと少ない。

IBCの「統計(ではない)」の数値は、英語で書かれた記事に依拠している。IBC自身が「活動の目的」として「報道されているイラクの民間人死者数の公開データベース(public database of media-reported civilian deaths in Iraq)を作ること」と述べている通りだ。つまり、マスコミが日々報道するだけでは流れてしまうので、その記録を取っておこう、というのがIBCの活動の根幹である。(なお、2003年時点ではイラク政府の役所もボディ・カウントをしていなかったことは注記しておく必要があるだろう。)

この点は極めて重要な意味を持つので、IBCのサイトから具体的な記述を引用しておこう。
http://www.iraqbodycount.org/background.php
For a source to be considered acceptable to this project it must comply with the following standards: (1) site updated at least daily; (2) all stories separately archived on the site, with a unique url (see Note 1 below); (3) source widely cited or referenced by other sources; (4) English Language site; (5) fully public (preferably free) web-access.

【概要】
次の基準を満たしている情報源が、IBCのプロジェクトに適合すると見なされる。
1)少なくとも1日に1度更新されるサイトであること
2)すべての記事に固有のURLがついていて、別にアーカイヴされていること
3)他の情報源によって広く引用または参照されている情報源であること
4)英語で書かれたサイトであること
5)ネットで誰でもアクセスできること(できれば無料が望ましい)


IBCの「データベース」の元となるものがいかに絞り込まれているか、これだけでもわかるだろう。例えば、ウェブサイトのない刷り物メディアは除外される。例えば、アラビア語だけで英語版のないメディアは除外される。例えば、1週間に1度更新される週刊紙/週刊誌系のウェブサイトは除外される(したがって理屈の上では、月~土曜日がthe Example Times, 日曜日がthe Sunday Example Timesと別の名前で別の編集部によって発行される新聞が、news.exampletimes.co.ukとnews.sunday-exampletimes.co.ukの2種類のドメインでそれぞれ別に構築されている場合、日曜版のほうは除外されることになる)。イラクの中でイラク人が個人的に書いているウェブログは、電力事情もあれば個人的な事情もあって、毎日更新されているものなどほとんどない。例えば、登録してIDとパスワードがないと閲覧できない会員制のニュースサイトは除外される。

つまり、IBCの数値は「報道されたものの記録」としては信頼できる[2]が、「死者数」としては「報道されているだけでこれだけある」ということでしかない。何らかの目安にはなるが、それ以上でもそれ以下でもない。「IBCが『最大で49760人』と言っているのだから、四捨五入して最大で50000人程度であろう」と考えるためには、IBCが依拠している「情報源」の範囲はあまりに狭すぎるのだ。

なお、IBCを厳しく批判する人たちのなかには「IBCの数値の元となる報道自体が偏っている」とか、あるいは「IBC自体が米国政府にべったりの姿勢である」とまで言う人もいるが、私にはそういった批判はそれほど建設的なものとは思えない。重要なのは、得られる数値がIBCのものしかないからといって、IBCの数値は絶対であると錯覚することは避けねばならない、ということだけである。

ただし実際にはメディアが、IBCの数値は米国政府の公式見解の数値よりずっと高いということに注目して、IBCの数値を「最も暗い数値」などと扱うこともある(例えばthe Times, October 12, 2006)。これが果てしなくミスリーディングだ。

繰り返しになるが、IBCは「英語メディアが報じた死亡事例」のまとめである。そしてそのIBCの数値は、米大統領らが口にした数値よりも大きい。ということは、米国政府の把握している数字は、英語メディアが報じた死亡事例の数よりも少ないということは言えるし、米国政府の把握が全然甘いということは当然指摘されてしかるべきだが、だからといってIBCが「正しい」ことにはならない。しかし、そもそも少なすぎる米国政府の公式見解を基準にしたときには、IBCのは「シビアな数字」に見えるし、IBCのバックグラウンドはわかりやすく示されているから、情報を与えられる側は、「間違っている米国政府、正しいIBC」的な単純な見方に陥りやすい。何度も書くが、IBCが集めている情報の範囲はごく限られたものなのだから、これは錯誤である。

■IBCからランセットへの批判
IBCは10月16日付けで、『ランセット』に発表されたロバーツ博士のレポートについて「あまりに現実離れしている」という批判(反論)を、プレスリリースとして出した。

Reality checks: some responses to the latest Lancet estimates
Hamit Dardagan, John Sloboda, and Josh Dougherty
http://www.iraqbodycount.net/press/pr14.php

批判の具体的な内容は次の5点である(大まかな内容):

1)この数値を平均すると、2006年の前半に、毎日1000人が暴力的に死亡していることになる。しかも事前に何らかの形で警告されているのはそのうちの1割以下ということになる。
http://www.iraqbodycount.net/press/pr14/1.php

2)この2年の間に80万以上のイラク人が爆発など紛争に関連する原因で負傷しているが、その1割以下しか病院で手当てを受けていないということになる。
http://www.iraqbodycount.net/press/pr14/2.php

3)イラクの成人男性の7パーセント以上がすでに暴力的に殺されていることになる。特にイラク中央部の紛争が最もひどいところでは1割を超えていることになる。
http://www.iraqbodycount.net/press/pr14/3.php

4)公的に記録されていない死亡証明書が50万通、家族らに発行されていることになる。
http://www.iraqbodycount.net/press/pr14/4.php

5)戦争開始の2003年や2004年よりも、昨年の方が、連合軍が殺したイラク人の数が多いということになる。
http://www.iraqbodycount.net/press/pr14/5.php

IBCによるこの批判は、「1から5までのことを前提とした場合、イラクでは病院も役所も正確な把握ができていないことになるし、2003年3月から4月のような大規模な攻撃が連合軍側によって行なわれているというのに、メディアがまったく報道していないということになる」と進み、最後に、「ランセットのレポートが示唆している状況はまったく現実離れしている。これは、元のデータが極端なものだったのではないかとしか考えられない」とし、「イラク侵略と占領が人道的にも戦略的にもまったくひどいものであると結論付けるためには、このレポートがいうような大きな数値は必要ではない」と結んでいる。

IBCのこの批判はかなり説得力があるもののように思える。しかしながら同時に、IBCの出す数値が「正しい」わけでもない(IBCが「わたしたちの数値こそが正しい」と言っているわけではないが)。上で述べたように、IBCは、元々の情報源があまりに頼りないからだ。(頼りないにしても、日々の数値は一応の目安にはなるし、IBCのデータベースは重要な存在ではあるのだが。)

前提としておかねばならないのは、IBCの数値は「プロパーなメディアの英語記事で報道されているだけでも、一般の人々の間に、これだけの数の死者が生じている」ということであるということだ。ここ数週間、日本で「文部科学省の統計では『いじめによる自殺』は0件」というのが大きなニュースになっているが、それと似たような話で、何らかの理由・事情でその数値に反映されていない事例が多くある、という目で見なければならない。(それが実際にどのくらい「多くある」のかを解明する役割が、『ランセット』レポートのようなものには期待されているのだが。)実際に、「報道」などされない死があることを私は知っている。イラクのブロガーが「○日前に親戚の(近所の/友人の)誰それが車を運転しているときに検問所で銃撃されて負傷し、しばらくして死んだ」と書いていても、それがBBCなど大手メディアの報道には出ていそうにない、ということも複数回あった。

ここでの大きな問題は、IBCの数値(2006年10月末で約50000)を見て「他の戦争よりも少ない」と考えたり(そもそも「戦争=大規模戦闘」は2003年5月に終結しているはずなのだが)、その上で何となく「米英軍の行為ではなく『テロリスト』の行為で殺されている人がその大半だ」と思ったりすることが何となく「正しい」態度であるかのように扱われていることだ。そして、それに対する反論は、「衝撃! 実は60万人も殺された!」といったセンセーショナリズムではなかろう。

当然『ランセット』の調査をまとめたチームもそれはわかっているだろう。つまり、彼らに対する批判のなかに時々ある「ランセットの編集長も調査チームも反ブッシュ政権の政治的な意図のもとに、自分たちに都合のよい数字になるように調査を行なっている」というのは妄想だ。

IBCが「約5万」と言い、人々がIBCの数値は低めだと思っているとして、「実はこんなにたくさんの死者が」として提示することによって「ブッシュ政権はイラクから手を引け」という世論の高まりを喚起するためには、どう考えても、「60万」という数字は大袈裟にすぎる。仮に意図的にでっちあげるとすれば、これほどに突拍子もない数字を持ち出すとは考えられない。

ということは、「654,965 (95% CIは392,979から942,636) 人が死亡」というこの数字は、本当に「調査の結果そう出た」という数字だと考えられる。

というわけで、次の記事では、ランセットのレポートについての報道記事と、ロバーツ博士のチームの方法に対する批判、それに対するロバーツ博士の回答を。



注:
[1]
Wikipediaによると、実際にはこのフランクス司令官の発言は、アフガニスタンでの軍事作戦についての議論の中で「(敵の戦闘員の死者数を発表すれば軍事的な成功につながるかもしれないが)敵の戦闘員の死者数は数えない」と述べたものである。(Wikipediaにソースなし。)
http://en.wikipedia.org/wiki/Iraq_Body_Count_project

[2]
IBCでは、別々の記事が1つのことを報じることによる重複をチェックしたり、1つのことについて複数の情報源で確認したりして、データベースとしてなるべく精度の高いものにしてから発表している。

また、IBCの発表する数値は、常に「最小(minimum)」と「最大(maximum)」が併記されている。つまり、メディアが報道している複数の件が別々の件なのか同じ件なのかを考えたときに、仮に「すべて同じ件である」とすれば「最小」に、「すべて別々の件である」とすれば「最大」になる。例えばA新聞が「バグダードのC地区で2人死亡、1人重態」と報じ、B新聞が「バグダードのC地区で3人死亡」と報じている場合、両新聞が報じているのが同じ件ならば確認できる死者数は「3」、別々の件ならば確認できる死者数は「5」である。この場合、「3」が「最小」に、「5」が「最大」になる。


投稿者:いけだ