世論調査:「米軍駐留とイラクの将来についてのイラクの世論」(2)
調査を行なった日時や団体などについてはさっきの記事を参照。あ、これはここに書いておくほうが便利なので書きますが、以下において「エスニック・グループ」というのは、「アラブ人でスンニ派」(いわゆる「スンニ派」)、「シーア派」、「クルド人」の3つのグループです。
10の項目のうち、米軍駐留および米国の関与についての4項目についてはさっきの記事に書いたのですが、残り6項目、VIEWS OF THE SITUATION IN IRAQ(イラクの状況についてどう見るか)の部分についてです。
さっきと同様に、Key Findingsだけを見ていきます。参照するのはPDFファイルの2~3ページ(表紙を入れて数えると4~5ページ目)。
VIEWS OF THE SITUATION IN IRAQ(イラクの状況についてどう見るか)
5. Support for Strong Central Government, Not Militias(民兵組織ではなく、強い中央政府への支持について)
イラク人たちは、強い中央政府を持つことで合意しているようである。
すべての(エスニック・)グループの大半が、民兵組織は政府に除去してもらいたいと思っている。
すべてのグループにおいて過半数が、連邦のつながりを弱くしていこうという動きについては支持していない。また、5年後もイラクは1つの国家である(分裂していない)と考えている。
大半が現在の政府について、イラクの国民の代表として正当(合法的)なものだと見ている。
「連邦」については政治的に激しい議論があるようですが、最も極端な形を想定すると、地域ごとの軍閥のようなものの支配ということにもなりかねない。特に地下資源が豊富なことから、イラクではこれは非常に大きな問題です。
また政府が「正当なもの」かどうかというのは、先の選挙の合法性についての話です。
6. Confidence in Government and Security Forces(政府および治安当局への信頼について)
総体的にみて、大半がマリキ首相の政府、イラク軍およびイラク内務省の治安部隊と警察に信頼を置いている。
ただし政府および治安組織についてのスンニ派の態度は複雑であり、互いに矛盾するものが錯綜している。
これは元のデータを見ないと何とも言えないのですが、総体的には、「イラク政府は治安の維持はできる。米軍は必要ない」という方向と考えてよいと思います。
元のデータでは(PDFファイルの13ページ):
警察=71パーセント(「大変に信頼」が37%、「まあまあ信頼」が34%)
イラク軍=64パーセント(「大変に信頼」が24%、「まあまあ信頼」が40%)
内務省=62パーセント(「大変に信頼」が28%、「まあまあ信頼」が34%)
また、スンニ派の「複雑」で「互いに矛盾する」態度とは:
- 93パーセントが、すべての民兵組織が武装解除をしたら自分たちの安全確保を政府に頼ることができるようになると考えている。
- 100パーセントが(!)、民兵組織をすべて除去できる強い政府を望んでいる。
ということと、
- イラク政府への信頼は低く、82パーセントはマリキ政権は仕事ができていないと考えている。
- 76パーセントが、イラク内務省の治安部隊にまったく信頼を置いていない。
- 77パーセントが、自分たちの安全を守るものとして、警察をほとんど信頼していないかまったく信頼していない。
- 軍に関しては、46パーセントがいくばくかの信頼を置いているが、54パーセントはほとんど信頼していないかあるいはまったく信頼していない。
・・・これを「矛盾している contradiction 」というのもまた独特の解釈のような気がしますが(^^;)。要するに「今の政府じゃダメだ」と考えているということで、その背景には「治安維持部隊は基本的にシーア派の民兵組織である」ということがある、ということでしょう。と思ったら、PDFのほうにもそう書かれていました。ただしあまりに「スンニ派とシーア派の対立」を前提としすぎな記述だと思いますが。(「スンニ派だから」とか「シーア派だから」だけでなく、「~だから何がどうなのか」まで読み取らないと、この記述は正確に読めないと思います。危なっかしい。)
7. Mood of the Nation(国全体のムードについて)
紛争がやまず不安定なままであることで、イラクの人々の間では楽観主義が消えている。
シーア派とクルド人は今でもイラクは正しい方に向かっていると言うが、大多数と呼べるほどではなくなっている。またスンニ派はほぼ一致して、イラクは間違った方に進んでいると言う。
総体的にみて、イラクは間違った方に向かっているという考えが増えてきており、現在は半数を少し超えている。
すべての(エスニック・)グループの過半数が、暴力の発生が近い将来において減少するとは考えていない。
サダム・フセインを追放したのだから、その後の苦難も許容範囲だという考えは急激に減少している。しかしシーア派とクルド人の大半が依然として、サダム・フセインを追放できたのだからよいと考えている。
8. Attacks on Iraqis (イラク人に対する攻撃について)
政府の治安部隊や一般市民に対する攻撃は、依然として、すべてのエスニック・グループのほとんどの人々から拒絶されている。
そのような攻撃の源については、認識は分かれる。スンニ派の多数はスンニ派の一般市民への攻撃はほかのイラク人によるものであると考え、シーア派とクルド人は外国人戦士によるものであると考えている。
すべてのエスニック・グループの多数が、シーア派への攻撃はほとんどが外国人戦士によるものだということで意見が一致している。
すべてのエスニック・グループの多数が、エスニック・グループに向けられた暴力は(つまり、「○○派だから攻撃してやる」というものは)、その地域から追い出すことを目的としたものである、またその目的は民兵が基盤を固めるためである、と考えている。
例えば、1970年前後に「プロテスタントかカトリックか」でコミュニティが分断されてしまった北アイルランドでは、それまではひとつの町にプロテスタントの家もあればカトリックの家もあり、また夫はプロテスタント、妻はカトリックの出身というようなこともごく当たり前にあったそうです。それが、UDAとかIRAといった武装集団がコミュニティのメイン・プレイヤーになっていく過程で、「カトリックは出て行け」といったような暴力(脅迫状の投げ込みやドアなどへの落書きに始まり、最終的には放火)が頻発した。現在でも北アイルランドではそのような暴力が見られる地域があるし、また特にプロテスタント(正確には「ユニオニスト」と言うべきですが)のコミュニティでは武装集団内部や別の武装集団どうしの抗争があり、脅迫状の投げ込みや放火などが、2004年とか2005年には何度もBBCで報じられていました。その延長線上にあるのかどうなのかはわかりませんが、北アイルランドではポーランドなど旧共産圏のEU加盟国から働きに来ている人たちに対する暴力も、かなり激しいです。ユニオニストが毎年7月にお祭りでボンファイア(焚き火)をするのですが、そのためにポーランド人の家から家財道具を持ち出してしまう、など。
また、同様の「エスニック・グループごとのコミュニティの分断」は、旧ユーゴスラヴィアでも起きています。昨日まで「お隣の○○さん」だった人が、「歓迎されない隣人たるセルビア人の○○さん」というようになってしまう。残念ながら私は詳しいことはまったく知らないのですが、ルワンダでも同様なことはあっただろうし(あの大虐殺の前にも)、ほかにも具体的事例はいくつもあるに違いないと思います。
9. Views of Shia Leaders (シーア派指導者についてどう見るか)
マリキ首相はシーア派だけでなくクルド人からも好意的に見られているが、スンニ派はまったくそのように見ていない。
大アヤトラのシスタニ師とムクタダ・サドル師についての見解は分かれている。シーア派は圧倒的多数が支持し、クルド人とスンニ派は圧倒的多数が不支持である。
これはちょっと、いくらKey Findingsでも大雑把すぎるので補足しておきます。
シーア派の間でのシスタニ師への支持は95パーセント。マリキ首相への支持は86パーセント。ムクタダ・サドル師への支持は51パーセント。シスタニとサドルについて「どちらもシーア派では過半数の支持を得ている」という理解はあまりに乱暴です。
10. Regional Actors: Iran, Syria, and Hezbollah(周辺諸国等について:イラン、シリア、およびヒズボラ)
イランとイランの大統領について、シーア派はやや肯定的な見方をしているが、クルド人とスンニ派は強く否定的な見方をしている。
シリアについては、シーア派とクルド人はほとんどが否定的な見方をしているのに対し、スンニ派はやや肯定的である。
ヒズボラについては、シーア派は圧倒的に肯定的な見方をしているが、クルド人とスンニ派は否定的な見方をしている。
これもまたひどく大雑把ですので、これについて何かを言うのであれば、細かいデータを見てからにすべきでしょう。
イランやヒズボラが出てきているので、ひとつ念のために書いておくと、クルド人は宗教的には大雑把なところではスンニ派です。クルドの宗教事情は相当に複雑なのですが、この調査のように大雑把に「シーア派かスンニ派か」、つまり「シーア派かそうではないか」が重視されているときには、大雑把に「スンニ派」ととらえておくことでOKだそうです。(ただしそれが「大雑把に」であることは常に念頭に置いておくべき。)
以上、2006年9月の世論調査について見てきたわけですが、要旨としては:
- イラクは米軍を必要としていない
- イラクはアルカーイダを支持していない
- 米国が軍事以外でイラクと関わることは歓迎だ
- イラクは今後も1つの国家であるべきだ
- 民兵組織はいらん
- イラクはイランみたいにはならん
というようなことになるかと思います。今、イラクにいるイラクの国民は、このように考えている、ということです。
個人的には民兵組織がどの程度そのコミュニティで定着しているのかについてもうちょっと細かく見てみたいと思います。北アイルランドでIRAが基盤を固めたのは、UDAやUVFといったロイヤリスト系武装勢力の襲撃からカトリックを守るために派遣されてきたはずの英軍が、自分たちを攻撃してきた(1972年1月30日の「ブラッディ・サンデー」事件が象徴的)ことがきっかけです。カトリックのコミュニティは英軍を敵とみなして英軍を締め出し、そのコミュニティ内部での治安はIRAが担っていました(パトロールなど)。で、組織内部の「血の制裁」のようなことが「治安維持活動」であるかのように行なわれ、彼らは自分たちを法(英国の法)の上に位置付けた。一方で「法と秩序」は英国の都合で設定されるので、いろいろと矛盾もある。それが「紛争」の重要な局面のひとつです。
イラクにおいては、今のところ、有力な民兵組織はシーア派(政治的実権を有する多数派)ということで、基本的な構図としてはこれとは少し違うようには思いますが。
なお、「守ってくれるはずだったのに攻撃してきた」ということについてですが、ダルフール(スーダン)で同じようなことが起きています。2006年9月30日の英ガーディアン記事:
It was meant to bring peace. Instead, British-brokered deal has rekindled war
http://www.guardian.co.uk/sudan/story/0,,1884432,00.html
投稿者:いけだ
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