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2006/06/03

NO WRONGDOING(違反行為は何もなかった)――イスハキ住民射殺疑惑についての米軍調査の結論

今年の2月にサマラのアル=アスカリ聖廟が爆破され、「イラクは事実上の内戦」との指摘が相次ぐなか、3月に米軍主導でサマラの対反乱者作戦(オペレーション・スウォーム)が開始されました。
http://teanotwar.blogspot.com/2006/03/
blog-post_114270754425054752.html


その作戦のすぐ前に、サマラ近郊のイスハキ(Ishaqi:3月の時点ではIsahaqiという綴りもあった)という村で「反乱者拘束作戦」が行なわれました。このとき、1人を捕まえるために軍は空と陸から攻撃をし、しかも弾が飛んでった先は民家で、しかもその民家にはそこの住人がいて、という次第で、11人が死亡しました。この「事件」は、たまたまAP通信のスタッフが現地にいたことから、写真つきで報道されました。
http://teanotwar.blogspot.com/2006/03/11.html
http://www.uruknet.info/?p=21590

米軍はこの「事件」について、「地上部隊が反乱者と激しい戦闘となったため空からの援護を要請、反乱者の潜む民家をヘリから爆撃し、その民家の中にいた4人が建物の下敷きになって死亡した。死亡したのは反乱者1名と女性2人と子供1人である」と発表していました。

しかし、「死者11人」を伝えるAPの写真には、どう見ても1人ではない子供の遺体がありました。

一方、これとは別に、アンバール州のハディサ(Haditha)で2005年11月に15人の住民が殺された件について『タイム』誌が記事にしたのは、イスハキの「事件」の数日後でした。この『タイム』の報道の後、ハディサについての米軍の調査が開始されました。

※ハディサについては、たまたま時期がCPTメンバー解放などと重なったため、当ブログでは手が回らなくてまったくフォローできていないのですが、下記で『タイム』記事が日本語化されたものが読めます(ファントムランチさんによる投稿)。
http://www.asyura2.com/0601/war79/msg/945.html
また、ハディサについては『タイム』報道に始まり、いくつもの報道機関で取り上げられています(日本の新聞を含む)。

一方で、イスハキについても米軍による調査が行われており、その調査の結論が、つい数時間前に各メディアで速報で流れました。

調査の結論は――NO WRONGDOING、つまり「米軍は法的に間違ったことは何もしていない」です。

GIs at Ishaqi cleared; Haditha probe open (AP)
http://news.yahoo.com/s/ap/20060603/ap_on_re_mi_ea/iraq_haditha(→リンクが失効してたら魚拓で)

U.S. probe clears troops in Iraqi deaths in Ishaqi (Reuters)
02 Jun 2006 23:16:41 GMT
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/L02782849.htm(→魚拓

Troops cleared of Iraq wrongdoing (BBC)
Last Updated: Saturday, 3 June 2006, 00:27 GMT 01:27 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/5042036.stm

タイミングは偶然であろうと思われますが、調査がこういった結論となった前日(GMTで6月2日)には、BBCが入手したイスハキの現場の別の映像(3月時点で明らかにされたAPスタッフの写真とは別に撮影されたもの)が、BBCによって放映されていました。ウェブでも見ることができます。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/5039420.stm
(ページ右肩部分にビデオへのリンクがあります。)

※記事から判断するに、BBCが入手したビデオには凄惨な場面も含まれているのですが、一般に公開されているものではそういった場面はカットされています。

BBC記事によると、このビデオは反連合軍[原文ママ]のスンニ派の強硬派から渡されたものである。バグダード特派員のイアン・パネルは、検証作業は入念に行い、偽物ではないと判断している。また、ビデオに写されている人物のケガは明らかに銃創だとジョン・シンプソン(BBCの報道の重鎮のひとり)が述べている。

BBCニュースによるさらに詳しい説明を、ウェブログ「NewsでNonfixな日々」さん(6月2日)から引用:

イラク警察の報告書によると、民家を爆破する前にアメリカ軍は中に入って、生後6ヶ月の赤ちゃんを含む子供5人と女性4人、男性2人の合計11人を射殺したという。

……

遺体が搬送されたという病院で警察官は、「75才になるお婆さんから生後6ヶ月の赤ちゃんを含む全員が、腹部と頭を撃たれていた」と証言する。
そして、住民を殺害した後で、アメリカ軍は建物を爆破したという。

……

5月31日、サマラでは、陣痛を訴えた女性が母親と一緒に車に乗って病院に向かっていたところ、運転者が検問所で車線を誤り、女性、母親ともに射殺されている。


これらの記述から、今年の3月15日に、イスハキという村で起きたとされることの概要を、箇条書きにしてみると:
- 米軍(&イラク軍)の掃討作戦で反乱者と戦闘となっていた
- 米軍のヘリが民家を爆撃した(米軍発表では「反乱者が潜伏していたため」)
- 米軍によれば、「4人が瓦礫の下敷きとなって死亡した」
- イラク警察によれば、「11人が米軍によって射殺された」

最も大きな食い違いは、「死んだのは4人なのか、それとも11人なのか」です。かなり単純なことなので、徹底的に調査をすればわかることではないかとも思われます。しかし……。

これについて、この件を調査した米軍は、「最大で9人が死亡している可能性(possibly up to nine collateral deaths resulted from this engagement: AP)」を指摘しつつ、「崩壊した壁や瓦礫のために、正確な人数は判断することができない(a precise death toll could not be determined because of collapsed walls and debris: BBC | Reuters)」と結論付けています。

「イラク戦争」のときに、「我々は死者数は数えない(We don't do body counts)」と言ったのは、当時のトミー・フランクス司令官でしたが、さすがは米軍です、方針が一貫しているので、死者数は数えていないのですね。

家族や近所の人を埋葬するイラクの人々は、いやでも数えなければならないのですが。

米軍は人間を何だと思っているんでしょう。冷蔵庫に入れっぱなしにして存在を忘れていたチューブ入りわさびか何かだとでも?(「あれ、いつの間にか増えてるよ」みたいな。)

この件の調査に際しての米軍の宣言を、再度「NewsでNonfixな日々」さん(6月2日)から引用:

合同軍報道官のウィリアム・コールドウェル(William Caldwell)少将は、「合同軍は倫理にもとる犯罪行為を許しません。いかなる疑惑も徹底的に調査し、犯罪を犯した者の罪を問います」と述べた。


数すら数えられなくても「徹底的」な「調査」なのだそうです。日本の社会保険庁もびっくりです。

最後に、ロイター記事から、イスハキで何があったのかについての部分を(概要)。

NIGHTTIME RAID
夜間の急襲

軍高官らによると、当時イスハキではある特定のゲリラ[原文ママ]を発見する目的で、夜間の急襲が行われた。そのゲリラはその建物から逃げ出したが、後に捕らえられた。これとは別のゲリラがその建物から銃撃をしていたが、このゲリラが急襲で死亡した。

「軍は現場に到着するとすぐにその建物から直接銃撃された。敵からの銃撃が続くなか、地上部隊の司令官は適切な対応をした。つまり、段階的に、小火器からヘリへ、さらに空からの援護へと武力の強いものを使うようにしていき、最終的には脅威を根絶した」とコールドウェル少将は述べた。

「この隠れ家に居住していた家族を軍が処刑し、そののちに空爆を指示することによって犯罪を隠したとの疑惑は、まったくの虚偽である。」

イスハキ警察は、そのときに爆破された1軒の家の中で、子供5人、女性4人と男性2人が、軍によって射殺されたと述べている。

ある警察幹部によると、検視解剖の結果、遺体はそれぞれ、頭を撃たれていたという。

ティクリートの死体安置所でこれらの遺体を撮影したテレビの映像がある。遺体の傷ははっきりしないが、1人の幼児の頭には大きな傷がある。

イブラヒム・ハラフ(Ibrahim Khalaf)さんが、ロイターテレビに対しその日の様子を語っている。米軍がハラフさんの弟のファエズさんの家を攻撃し、それからハラフさんの家も急襲された。犠牲者が搬送された病院での死亡診断書には、銃で撃たれて死亡したとある。

「家に入る前に米軍は空に向けて銃撃しました。これが20分ほど続き、それから家に入ってきて、家の中で銃撃を開始しました」とハラフさんは言う。

「そのあとで私の家が急襲されました。米軍は私の両手を縛り目隠しをしました。家族は1つの部屋に集められました。兵士の1人が別の兵士たちに『奴らを全員殺せ』と言いましたが、ありがたいことに、兵士たちはそうはしなかった。」


毎度毎度すみませんが、1972年1月30日に北アイルランドのデリー(ロンドンデリー)で起きたデモ隊への発砲事件を引き合いに出します。この事件では非武装のデモに参加していた13人が英軍の銃撃で死亡(のちにさらに1人が、銃創が原因の感染症で死亡)しました。この事件について、事件直後に行われた英軍の調査の結論は、「ゲリラに銃撃されたので反撃した」「兵士は一切間違ったことを行っていない (no wrongdoing)」でした。しかしデモに参加していた人々や、家の窓から目撃した多くの人々の証言はそれとはまったく食い違い、事件発生から実に26年を経た1998年1月29日に、改めてパブリック・インクワイアリーを開始することが、ブレア首相によって宣言されました。それから約7年かけ、デリーの人々や当時そこにいた英軍兵士ら900人からの証言を集めたインクワイアリーは2004年11月下旬に終わりました。しかし、2005年夏に出される予定であった最終報告書は、いまだに出されていません。
http://www.guardian.co.uk/bloodysunday
http://news.bbc.co.uk/1/hi/in_depth/northern_ireland/2000/bloody_sunday_inquiry/

北アイルランドは英国の一部で、調査を行うのは英国です。それでも、いったん「no wrongdoing」と発表されたことの「真相の解明」には、30年以上を要している。そしてその時間の間に何が起きたか――武器など手にせずに過ごしたかもしれない人が何人武器を手にしたか、爆弾を作ったか、人を殺したか、武器や爆弾で死ななくて済んだはずの人たちがどれだけ死んだか、コミュニティにどれだけの傷を残したか、その傷が修復されるまでにどんな時間がかかるか、あるいは、果たして修復されうるものなのか。

3年以上にわたって、イラクはそういう暴力に見舞われています。「外国の占領軍」によるものも「外国から来た殉教志願者」によるものもあるし、あるいは「同じ国籍を有する者」によるものもある。「誰が」「何のために」行使した暴力なのかわからないものも多分多い。けれども、少なくとも、「誰が」行使した暴力であるのかがわかっているときに、その行使者に何も起きないというのはひどすぎないか?

「絶望」ってのは、そういう状態を言う。私はそう思います。

"As long as young people feel they have got no hope but to blow themselves up you are never going to make progress."
-- Cherie Blair, June 2002 (source)


投稿者:いけだ