イタリア政府,方針転換か(英インディペンデント,3月10日)
ベルルスコーニ首相の発言がイタリア語で為されたものであり,インディペンデントに掲載された時点で一度「翻訳」のプロセスを経ていて,ここではそれをさらに日本語にしているので,訳語の選択によるズレが生じているかもしれません。
また,最初のパラグラフはベルルスコーニ首相が実際にこう発言したのではなく,首相の発言内容をまとめるとこのようなことになる,ということではないかと判断されます。(引用符がないので。)
なお,原文は1週間経つと閲覧が有料になります。
イタリア首相,「人質」対応方針の変更か
Berlusconi signals shift in 'hostages' policy
By Peter Popham in Rome
10 March 2005
http://news.independent.co.uk/europe/story.jsp?story=618446
昨日(9日)イタリア国会上院でシルヴィオ・ベルルスコーニ首相は,イラクをうろうろする(go walkabout)ほどに無分別な(rash)イタリア人は誰であれ,自己責任でやっていることになる(are now on their own)と述べた。首相のこの発言は,先週金曜日にニコラ・カリパリ氏が死亡したことについての首相の初の公式の発言である。
「イタリアの派遣軍と緊密な協力関係にあり,その保護下で行動する場合においてのみ,イタリア政府は安全を保証するという立場にある」と首相は述べた。「テロリストの活動が今なお活発で,攻撃や誘拐のリスクがより大きなイラク国内の他の(=イタリア軍管轄外の)地域において危険を冒す(venture)人々については,それがどんなに高貴で誠実な目的であろうとも,安全を保証することは可能ではない(not possible)。」
これは,慎重な発言であったが,イタリアの方針の転換をはっきりと示していた。昨年4人のイタリア人警備員が誘拐され,そのうち1人が殺害,残る3人は後に無事に解放されているが,それ以来イタリアは,人質に関しては交渉をし,巨額の身代金を支払うという大胆にして他に例のない戦略を追求してきた。
この方針は,ベルルスコーニ首相と首相の側近のアドバイザーであるジャンニ・レッタ氏によって,軍諜報機関と直接連携を取って行なわれてきたのだが,首相の個人的人気という点では大きな見返りをもたらしてきた。
その最もすばらしい瞬間は,昨年9月に訪れた。バグダードにいたボランティア作業者のシモーナ・トレッタさんとシモーナ・パリさんが,3週間の身柄拘束から解放されて帰国し,盛大な歓迎を受けたときである。しかし,米軍の銃撃で交渉団のチーフであるニコラ・カリパリ氏が死亡したことで,イタリア国民に,従来の方針の害と政治的コストを知ることとなった。
ジャンフランコ・フィーニ外相は火曜日に国会で,バグダード空港のキャンプ・ヴィクトリーの米軍に対してイタリア側から,解放された人質のジュリアナ・スグレナさんを連れて行くという連絡をしていなかったことを認めた。
【訳注:他の媒体には「連絡はしてあった」という情報もあります。例えばBBCとか。】
イタリアは自国の人質交渉についての微妙な情報を米軍に明かすことを避けていた。米国が介入を決定しないようにとの意図である。同様に,discretionが必要であるということは,カリパリ氏およびシークレットサーヴィス職員がバグダードのあちこちを,武装したエスコートなしで,イラクのナンバープレートをつけた防備のない車で移動しなければならないということを意味した。
昨日ベルルスコーニ首相が確証を与えたように,カリパリ氏の死亡についての調査は,4週間以内に完了される。そして,首相は「前例のない」譲歩と評したのだが,米国はイタリア軍および外交部門の人員に,調査の上層に参加するよう呼びかけた。
上院に対しベルルスコーニ首相は「イタリアは,人質を取る人々による政治的脅しに屈したことは一度もない」と――言い換えれば,イタリアは軍を撤退させよと頻繁に要求されているがそれを拒んできた,と語った。イタリアが人質解放に成功しているのは,「政府があらゆるチャンネルを,政治的なもの,外交的なもの,諜報部門をすべて活用した」ためだ,と首相は述べた。
イタリアが巨額の身代金を支払い続けているということを,首相は認めることができなかった――先週のジュリアナ・スグレナさんの解放に際しての身代金の額は最高で800万ドルと言われている。それは,火曜日に法務大臣が,身代金を支払うことはイタリアでは犯罪行為(criminal offence)になると指摘したためである。
首相は,米国はカリパリ氏の死に責任のある人物を特定しなければならないと主張した。「最終的な責任について率直に相互が認めることが,……このような大きな悲しみを引き起こしたこの件を決着させる条件である」と首相は述べた。
Wednesday, 9 March, 2005, 20:32 GMT のBBC記事が伝えている「ベルルスコーニの上院での発言」と同じものを伝えている記事ですが,まったく別モノのように見えます。
記事を書いたPeter Pophamさんは,現在はイタリアにいてインディペンデントに書いているようですが,New Zealand Heraldの記事(2001年)もありますので,フリーランスの方かもしれません(推測)。検索結果にはカシミールやクロアチアからの記事もあります。
投稿者:いけだ
2005-03-11 03:02:51
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