.comment-link {margin-left:.6em;}

teanotwar - mirror/archive (Japanese fonts required)

Official mirror site of our blog, for those who can't access it, http://teanotwar.blogtribe.org, due to the technical problems, firewall setups, etc. http://teanotwar.blogtribe.org/のミラーリングを目的としています。記事部分に何も表示されていない場合は下までスクロールしてください。個別記事へのリンクは,記事の投稿時間のところをクリックすれば表示されます。

2005/02/24

イラク人難民たち(マハジャン)

イラク人難民について、『ファルージャ2004年4月』著者の一人、ラフール・マハジャンの「帝国ノート」より。

イラク人難民たち
ラフール・マハジャン
2005年2月3日
EmpireNotes原文

今日(2月3日)のワシントン・ポスト紙に「膨大なイラク人難民がシリアに」(Iraqi Refugees Overwhelm Syria)という重要な記事が掲載された(重要さはA18ページに掲載されたことでもわかる)。記事の中心は以下の通り。

シリアがイラクと共有する450マイルの国境については、中東地域でも世界でも、アラブ人が外国からイラクに流入して反乱勢力に参加することを憂慮しているが、〔・・・・・・〕ますます多くのイラク人が逆方向に動いている。国連職員は、22カ月前、米国とその同盟国がイラクを侵略した際に国連が予期したエクソダスを今目にしていると語っており、シリア政府と国際援助団体は難民がもたらす心配な社会的影響を目にし始めていると語っている。

シリア政府関係者は、様々な民族・宗教・経済的背景のイラク人70万人が米国主導のイラク侵略以来シリアに到着しており、それは地域の他のどの国よりもはるかに多い数であるという。過去4カ月に流入者数は増えている。

70万人! 米国の状況を想定して11倍ないし12倍すると、この状況は800万人の米国人が難民になったことに相当する。

この記事は、明言してはいないが、難民の大部分はイラクのセクト主義暴力とレジスタンスの行為により生み出されたと示唆している:

裕福なイラク人の最初の流出----米国政府関係者は現在彼らがイラクの反乱勢力に資金を提供しているかも知れないと述べている----のあと、大部分がシーア派ムスリムとキリスト教徒----日々の暴力の標的とされている集団である----の大きな波が続いた。

けれども、注意深く読めば、これらの難民流出の多く(恐らくは大部分)は米軍の軍事作戦によるものであることが明らかになる。とりわけ、逃げ出したあるシーア派家族の典型例は9月にナジャフを立ち去ったものである----これは米軍による殺人攻撃からわずか数週間後のことであり、この攻撃はドナルド・ラムズフェルドによれば最大2500人を殺したという攻撃である。ナジャフはシーア派の支配地域でレジスタンス側からの暴力はほとんど全くなかったので、ナジャフから人々が逃げ出さなくてはならなかったのは、米軍の攻撃が引き起こした破壊のため、あるいはさらなる爆撃への恐怖のためであると考えられる。

(恐らくは)最初にシリアに逃げた裕福なイラク人たちによる不動産買い付けは、ダマスカスの不動産の値段をつり上げ、そのためシリア政府はイラク人が土地をこれ以上買うことを禁止することを検討している。

こうした難民に、もちろん、ファルージャ攻撃で生み出された「国内避難民」(IDP)が加わる。私が見つけることができた一番最近の評価は国連イラク支援団が1月18日に公表したもので、それによるとファルージャ攻撃により20万人以上の人々が国内避難民の状態に置かれ続けているという。ただし人数はもっと多いかも知れない。というのも、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると、ファルージャに戻った人々の多くは、長期的にファルージャに留まる意図なく、損害を調べるために戻っただけだからである。実際、よそで土地を買う財力のある人々の多くは既に別の場所で土地を購入している。

国内での様々な暴力による犠牲に加え、主として米軍の攻撃で生み出された膨大な数の難民・避難民。併せて約100万人とすると、日本で言えば500万人もの人々が難民となった状態です。

投稿者:益岡
2005-02-11 19:37:13