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2005/06/22

イラクの病院は占領下で苦しんでいる

 
ダール・ジャマイルが語るイラク病院の状況。「イラク世界法廷」に提出される報告書の序文を紹介します。

イラクの病院は占領下で苦しんでいる
ダール・ジャマイル
2005年6月21日
Electronic Iraq 原文

ダール・ジャマイルがイラクの身もだえしてあえぐ保健医療状況について報ずる。この報告はイラクの病院13院を調べ、米軍が病院とケアワーカに対して加えた行為----それはジュネーブ条約が定義する戦争犯罪を構成する----を検討し、米軍の医療要員が患者に拷問を受けた印が見えるにもかかわらずそれを報告しないことで拷問に共謀したことを論じて記録しており、それ以外にも多くのことを論じている。

以下は、報告の序文である。報告書全文をダウンロードは、こちらから。

I.はじめに

イラク保健省は独立していると主張し、米国資金から10億ドル以上を約束されているが、イラクの病院では、米国主導の占領下で、医薬品や医療機器、スタッフの不足に直面し続けている。

1990年代、医薬品供給と医療機器は、対イラク経済制裁のためにつねに不足していた。戦争と占領はその苦境から救済するとの約束をもたらしたが、病院が復興し必要品の再供給を受ける機会はほとんどなかった。占領は、そのはじめから、低レベル戦争に酷似しており、占領当局の資源割り当てはこの現実を反映してきた。それゆえ、バグダード全市で、鎮痛剤や抗生物質、麻酔薬、インシュリンといった最も基本的な医薬品さえ不足し続けている。手術用品は不足し、ゴム手袋やガーゼ、医用テープといった基本物品も無くなっている。

2004年4月、国際赤十字(ICRC)の報告は、イラクの病院が新たな患者にあふれ、医用品と備給品が不足し、十分な電力も水もないと報じていた。継続する流血沙汰により、すでに乏しい病院の資源が限界に至ることになったと[1]。

内部にいる医師たちによる多数の証言は、実際にこの危機を確認している。バグダードのアル=ケナ病院の人工装具ワークショップの医師タミズ・アジズ・アブル・ラフマン博士は次のように言う。「11カ月前、我々は保健省に人工装具用品の緊急神聖を行なったが、いまだに何も届いていない」。彼は一息おいて次のように述べた。「経済制裁の時期よりもひどい」[2]。

チュワデル総合病院----バグダードに広がる2百万人近い人々の暮らすスラム地域であるサドル・シティにある二つの病院の一つ----の主任マネージャを務めるカシム・アル=ヌウェスリ博士は、そこでもまた、ほとんどの供給品が不足しており、さらに重大なことに救急車も不足していると述べた。けれども、彼の病院で最も大きな問題は、飲用に適した水がないことであるという。「もちろん、チフスやコレラ、腎石などがある・・・・・・けれども今ではとても稀なE型肝炎の患者さえいる・・・・・・しかも我々の地域では広がっている」とアル=ヌウェスリは言う。彼はさらに、2003年の侵略前は、そんな事態に出会ったことは一度もないと付け加えた[3]。

チュワデル病院では、基本的な滅菌を行うために、一日あたり少なくとも2000リットルの水を必要とする。アル=ヌウェスリ博士によると、病院が受け取っているのはその15%にすぎないという。「それ以外の水は汚染されており、問題を引き起こしている。電力の分断も同様だ」とアル=ヌウェスリは言う。「電気がなければ、手術室の機器は機能せず、水を得るためのポンプもなくなることになる」[4]。

11月、ナザール救急病院を完全に破壊したあとすぐに[5]、米軍はファルージャ総合病院----トラウマ犠牲者にとって町で唯一の保健医療施設だった----に突入し、職員も患者もともに収容した[6]。現場にいた医師たちによると、水道と電気は「遮断」され、救急車は没収され、外科医は例外なしに包囲された町に入ることを阻止された[7]。

イラクでは、多くの医師たちが、あからさまな敵意がない場合でも米軍から支援はないため、外国の契約企業による再建と復興がなされていないこともあいまって、自分たちが直面する問題を悪化させていると考えている。

フランス通信(AFP)によると、イラクの元大使ポール・ブレマーも、米軍主導の連合軍がイラク保健システムに費やす資金は不十分であると認めていたという。「保健医療分野の需要をまかなうためには十分ではない」。ブレマーは占領下イラクで連合軍が保健医療システムに費やす金額に言及してこう述べた[8]。

バグダードにあるアル=ケルフ病院の主任医師長サルマド・ラヒーム博士は、米軍や再建契約企業から病院は手助けを受けたかどうか問われたとき、「まったく一度も。5カ月前に数人の兵士がここに来て、何が必要か訊ねた。彼らに必要なものを伝えたが、針一本さえ彼らは持ってきていない・・・・・・CPAの職員が来たと耳にしたが、何一つしなかった」と語った[9]。

ファルージャ総合病院では、モハメド医師[10]は、海外契約者たちからはほとんど何も支援は得られず、米軍については、「送ってくるのは爆弾だけ。薬は一つもない」と述べた[11]。

国際的な援助も不足している。主としてイラクの治安状況がひどいためである。2003年8月バグダードの国連本部が爆破されて20人の人々が殺されたのち、援助団体とNGOはスタッフ規模を減らしたり全面撤退したりした。

イラク保健省副大臣アメル・アル=フザイエ博士は、医薬品と機器の不足は、米軍主導の連合軍が、保健省の求める資金を提供しないせいであると批判する[12]。

「我々は5億ドル以上の機器を要求したが、約束されたのは3億ドル分だけだ」と彼は言う。「しかも、いまだに約束だけだ」[13]。

ニューヨーク・タイムズ紙によると、「昨秋に議会が承認した184億ドルのうち、実際に支払われたのはたった6億ドルにすぎない。何十億ドルもが、いまだに計画段階の巨大プロジェクトに割り当てられた。原因の一部はペンタゴンの計画失敗、そして占領当局が能力を持つイラク人に相談しようとしないことによる。そうするかわりに行政当局は、最も緊急に必要なものは何か、慣れない極めて不安定な環境にどう対処するかをほとんど知らない米国人防衛契約者を連れてきた」[14]。

世界保健機関(WHO)は昨年、このままの状況が続くならば、バグダードそしてイラク中で保健医療の緊急事態が起きると警告した。それなのに、保健省が薬は増え、機器も改善され、一般に改善されていると主張する一方、現場の医師たちはいまだに「そうした改善を何一つ目にしていない」[15]。

この報告は、ブリュッセル・トリビューナル、エル・タジェル・インターナショナル、アジア女性人権評議会、人道法律家協会、SOSイラク、第三世界医療支援の賛同を受けている。私はまた、この報告書を報道に呈示するために施設を提供してくれた11.11.11(NGOのコンソーシアム)にも感謝したい。

この報告は、6月23日から27日までイスタンブールで開催されるイラク世界法廷最終セッションで、良心の陪審に証拠として提出される。

1.) Naomi Koppel, "Red Cross Says Iraq Hospitals Overwhelmed," Associated Press, April 9, 2004.

2.) Dahr Jamail, interview with Dr. Thamiz Aziz Abul Rahman at Al Kena Hospital, April 28, 2004.

3.) Dahr Jamail, interview with Dr. Qasim al-Nuwesri at Chuwader General Hospital, June 14, 2004.

4.) Ibid.

5.) BBC News, "US strikes raze Fallujah hospital," November 6, 2004.

6.) Richard A. Oppel Jr., New York Times, "Early Target of Offensive Is a Hospital," November 8, 2004.

7.) Fares Dulaimi, Agence France-Presse, "Doctors, medical supplies scarce in Fallujah as major assault begins," November 8, 2004.

8.) "Bremer Admits Coalition Spending on Iraq Health Grossly Inadequate," Agence France Press, February 15, 2004.

9.) Dahr Jamail, interview with Dr. Sarmad Raheem at Al-Kerkh Hospital, June 19, 2004.

10.) This doctor also asked that only his first name be used, due to his fear of military reprisals.

11.) Dahr Jamail, interview with Dr. Mohammed at Fallujah General Hospital, May 10, 2004.

12.) Dahr Jamail, interview with Dr. Amer Al Khuzaie at Ministry of Health, June 24, 2004.

13.) Ibid.

14.) "The Iraq Reconstruction Fiasco," The New York Times, August 9, 2004.

15.) Matthew Price, "Hospitals Endure Iraqi Paralysis," BBC News, March 17, 2005.

著作権:2004年/2005年 ダール・ジャマイル。他の記事や写真、コメントはdahrjamailiraq.comにある。すべての画像とテキストは米国および国際的な著作権法で真生mられている。ダールのディスパッチをウェブ上で再掲したい場合には、この著作権表示と、DahrJamailIraq.com ウェブへのはっきりしたリンクを入れること。複製や別のウェブサイトでの利用、コピーや印刷などを含む、ただしそれに限定されない、それ以外の画像やテキストの利用に際しては、ダール・ジャマイルの許可が必要である。


投稿者:益岡