make art, not war――バグダードには40から50軒の有名なギャラリーがある。
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11月後半から来日しているイラク人画家のハニ・デラ・アリさん(Hani Al-Dalla Ali)のお話を、11月23日、川越に行って聞いてきた。
明日で銀座での個展も終わってしまうという時期になってからこんな文書をアップしているようでは私もいかんのだが、何と言うか、作品の実物を初めて拝見し、かつ画家さん本人の姿を見、声を聞き、ちょっと話までした(英語で)ことが自分の気持ちの中で落ち着くまで、文が書けずにいた。(あと仕事とかも立て込んでいたのでほんとごめんなさい。)で、結局書いてみたところでどうにもこうにもはぁ。。。
とにかくひとりでも多くの方に現物を見ていただきたいと思います。そして感じてほしい。
個展については過去記事参照。
以下、11月23日のレポート……というか、メモ。
11月23日、午後6時で閉会する展覧会の会場に私が到着したのは午後5時58分だった。駆け込むように入った会場では、展覧会スタッフの方々がまさに撤収作業を始めようとしていた。
大慌てで「写真!撮影させていただいてもいいですかっ!」とスタッフさんに声をかけ、「いいと思う」という返事をいただいてすぐにデジカメで撮影したのが下記。
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……フォーカス合ってないし。
上の2枚目の写真の左側の作品――「広島と長崎の叫び」――に引力を感じて突っ立ってみているうちに、壁面にかかっている絵は次々と取り外されていった。
慌てて1枚、すごく好きな作品があっちの壁にあったのを何とか撮影しようとしたのだが、狙った効果は出ず、失敗した。orz
そしてふと気づくと、壁面にあった絵は床に並べられていた。
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……これは、めったに見られない光景であることだけは間違いない。
それから「作品4」、LAN TO IRAQのサイトで見て以来、これは何としても現物を見なければと思っていたあの作品――ポストカードに印刷されたものをマクロで撮影してますます本物が見たかったあの作品に近寄る。うっかり、手で触れてしまいたくもなる。
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そこに手を触れれば何かがわかるんじゃないかという感覚。
テクスチャ。絵の具。物体。質量を伴った物。カンバス。縦。横。色。面。線。
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↓は、2004年8月6日にバグダードのヘワー・アート・ギャラリーにおいてイラク人のアーティスト10人によって描かれた即興のライヴ・ペインティング。元がライヴということで私もライヴ感たっぷりに、歩きながらシャッターを押してみたらこうなった。(^^;)
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そのペインティングのときのハニさん、講演会場で流されたPeace Onのフィルムより:
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そうこうしているうちにPeace Onの相澤さんがいらしたので簡単にご挨拶をし、写真撮影のお断りをした。作品は手際よく次々と梱包されていき、会場の入り口には「終了」の掲示が出ていた。
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ちなみに、ハニさんの絵画はまったく手が出ないような値段ではない。小さいのが5万円、中くらいのが12万円、大きいのは15万円とのこと。(私はひょんなことで経済状況がよくなったとしても、スペース的に保存することも展示することもできないので買うことは難しいのだが、「5万」と聞いたときは拍子抜けしたくらいだ。)
バブルのころの「美術品に投資」みたいなスタンスや、なんでも鑑定団みたいなスタンスじゃなくて、あの絵の具と質感に本当に心を動かされる人に、あれらの作品が所有されることを、強く望んでいる。
講演会は、お話が始まる前に、ギターの演奏などが行なわれた。とても美しい音楽だった。だが、ハニさんの絵の現物を見たショックっていうのかな、それを少し沈殿させるためには、次に「表現される何か」を入れるまでには一定の時間が必要だと痛切に感じて、ちょっと中座してしまった。あのギタリストさんのギターの音は機会があればまた聴いてみたい音だっただけに、残念だった。
講演会のお話のバートは、まずはPeace Onの相澤さんの話で始まった。開戦が近いと言われていたころ、相澤さんは「なぜアメリカはイラクを攻撃するのか?」という疑問を感じた。「メディアは政治的な駆け引きは伝えていた。しかし、戦争ともなれば真っ先に犠牲になるであろう一般の人々については伝えていない。『一般の人々はどう思いどう考えるのだろう』という思いでイラクに入った。自分の体で経験すること、情報を、自分の体を通じて再構築することをしたかった」と、現在のPeace Onの活動の発端を、相澤さんは語った。
正直、すごいな、と思った。私もそういう疑問を感じた。だがそのときに私がやったことといえば、ネットでSalam Paxのウェブログを読むことくらいだった。自分の体をそこに持っていくということなど、思いもしなかった。情報を、自分の体を通じて再構築するということは――私には相澤さんのように的確な言語表現はできなかったが――自分でも英国(ロンドン)に対してやってきたことなのに、あの時イラクについてそうするなんてことは、まったく考えもしなかった。
Peace Onの活動を紹介するフィルム(教育施設へのスクールバスの寄付とその運営、美術方面の記録フィルム)やイラクの写真を紹介しながら、相澤さんのお話は進んだ。
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プロジェクター画像。バグダードの病院で、左足のひざから下を失った女の子と医師。
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芸術家が集うギャラリーで、ウードを弾く人たち。下の列の人は、イラクでは知らない者はいないくらいに有名な俳優さん(悪役だそうです)。
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若い世代のイラク人アーティストによるアニメーション作品。「お母さんの愛情」がモチーフで、女の子が見ている夢の中と現実がシンクロしている、というストーリー。2コマ目、3コマ目は文字。
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Peace Onの紹介フィルムには、POがバスを寄付した学校の様子とか、相澤さんがイラクを訪れたときの学校の様子とか(布製パズルで遊ぶ児童たちとか)、また、2004年8月6日のバグダードでのPeace Paintの模様も。
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――そして、相澤さんからのお話とフィルム上映に続いて壇上に登場したハニさんは、背が高く細身の、思慮深そうな面持ちの男性。
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まずは手元のメモを見ながら、「日本」について(“お世辞”ではないかと思うくらいにnice things、でも本当にそうなんだって後で雑談したときにおっしゃってた)、それから「イラク」について、ハニさんはアラビア語で語った。
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――「イラクには2つの面がある。老人としてのイラクと子どもとしてのイラク。老人というのは歴史があるということ、子どもというのは将来があるということ。」
(相澤さんのお話のなかで、「イラクの2400万の人口のおよそ半数が18歳以下、イラクは“こどもの国”。一方で多くの人が死に、それはまさに生と死のコントラストだ」という部分があったのと、頭の中でリンクした。)
――「子どもたちに戦争の音を忘れてもらわなければならない。血の色を、忘れてもらわなければならない。」
――「世界というものは1つの身体だ。1箇所が痛めばほかの所も痛む。」
(ハニさんの絵はこれだ、と思った。)
――「戦争はアイデンティティを奪った。」
(このことについては、戦後日本しか知らない私は、イラクの人とメールで話していても、どうもうまく話ができない。Salam PaxやRaed Jarrarが書いている"in the middle"さ加減――自分のルーツがわからなくなって、宙ぶらりんな感覚というのは、すっかり西洋化された生活様式の中で、音楽といえばお琴や三味線ではなくピアノ、というふうに大きくなってきた私はとてもよく共感できたのだが(“外”に出れば「日本人」として否応なく扱われるからね、どうしても)、「アイデンティティ」となると……三島由紀夫とか?)
――「わたしの作品は、年を、古代を表そうとしたものだ。」
――「絵画はアイデンティティを取り戻す手段であり、抵抗の手段だ。」
……手元のメモにあるのはこれだけだ。何と言うか、途中から、メモを取ることを放棄してしまった。
その後のお話や質疑応答の中で、「バグダードには、カフェテリアがついているようなものだけで、40から50のギャラリーがあり、商業的なものを合わせるともっとある」とか、「サダム政権下でも絵を描いていたが、サダムは芸術は理解せず無頓着だったので比較的抑圧はなかった」(これは何だか無性に笑えたのだが……)といった、さまざまな、興味深いお話が聞けた。
ハニさんは、川越の会場に来る前に、東松山の丸木美術館に行ってきたという。「原爆の図」で知られる丸木位里、丸木俊の絵画を集めた美術館。Peace Onの香緒里さんによると、ハニさんは「静かに涙を溜めていた」という。
私があの絵を見たときは(複製パネルだったけど)、とにかく怖かった。子どもだったからだと思う。「自分がああなるのはいやだ」とかじゃなくて(子どもだから自分がああなるなんて思わなかった)、とにかく怖かった。あの絵はもう一度見なければならないと思っている。
ハニさんの描いた「広島と長崎の叫び」。展示室に入ってすぐ、引力を感じた作品。
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そして、「イラクの叫び」。
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もう一度、「広島と長崎」を見る。
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※画像をクリックすると私のflickrサイトに飛びます。そこで画像の上にあるALL SIZESのアイコンをクリックしてください。横幅1280ピクセルの画像が出ると思います。それを見つめてみてください。実物を見るには到底及ばないけれど、何となく伝わるんじゃないかと思います。
講演後、人々が会場内でばらけたときに、ハニさんとちょっとおしゃべりした。ハニさんの英語は私よりはたぶん確実に的確で豊かで、これはほんとに不思議なのだが、イラクのインテリはどうしてあんなに英語がきれいに使えるんだろう。RiverbendといいSalam PaxといいJarrar兄弟といい(特に3男のMajidの英語の優雅なこと! 彼はブログの更新は停止しちゃったけど、これで高校生?!って感じだったもんなぁ)。モスルのAunt Najimaも高校生だし。。。わたし、高校生のとき、あんな英語書けなかったよ。(今でも怪しいもんだが。)
講演でもおっしゃっていたのだが、イラクでは同じ製品が商店に並んでいた場合、日本製があれば、とりあえず日本製を選ぶ、という傾向があったそうだ。雑談したとき、ハニさんは「ほんと、どうしてだかわかんないんだけどね(I really don't know why, but ...)」と、明るい声で言っていた。
個展用に用意された図録(印刷がきれい)には、前の日にハニさんが手書きでサインしたそうだ。
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2冊並べてみるとちょっとした違いがわかる。(「5」の書き方が日本とは違うのかな?って気がする。)
作品にある署名:
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
※これらも画像をクリックして、出てきた画面でALL SIZESをクリックし、フルサイズで見てみてください。
ハニ・デラ・アリさんの個展、銀座の中和ギャラリーで12月3日(明日)、午後4時まで。
中和ギャラリー(東京都中央区銀座6-4-8曽根ビル3F 03-3575-7620)
下はこの個展を紹介する記事。
戦禍でないイラク知って 来日の画家が21日から個展
戦禍やテロだけではないイラクの文化を伝えようと、イラク人の若手画家が日本の非政府組織(NGO)の招待で18日に来日し、札幌市や埼玉県川越市、東京都内で個展や現代アート展を開く。
この画家はハニ・デラアリさん(36)で、都内の画廊で21日から12月3日まで個展を開催。札幌市でも29日から12月4日まで開く。
イラクで、障害者施設にスクールバスを提供するなどの活動に取り組む市民団体「ピースオン」代表の相沢恭行さん(34)が、昨年2月ごろから現地の有望な画家を支援する活動を開始。同年8月には、デラアリさんとバグダッドで広島の原爆とイラク戦争をテーマにした即興アートパフォーマンスを実施した。
(共同通信) - 11月17日17時36分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051117-00000164-kyodo-soci
最後に、この記事のタイトルのmake art, not warというのは、アメリカの反戦スローガン。
こちらさん↓にポスターに埋め尽くされた壁の写真。
http://flickr.com/photos/andrea/6292664/
このウェブログのteanotwarというのは、英国の反戦スローガン、make tea, not warから拝借。
http://www.flickr.com/photos/magslhalliday/27590572/
http://www.flickr.com/photos/shoepal/627716/
http://news.bbc.co.uk/1/shared/spl/hi/pop_ups/03/world_world_peace_protests/html/4.stm
投稿者:いけだ
おまけでくだらない話:
講演会の会場の天井にこんなもの(左)があったのだが、これ(右)が思い出されてしょうがなかった。


この文様は、メソポタミアの伝統的なもので、シンボライズされた美の女神(西洋でいうヴィーナズとかミューズ)だそうです。ハニさんの絵にはこのほかにも数多くのシンボルが出てきます。写真はありませんが、ほかの作品に多く描かれている上向きの三角(△)は、ハニさんに質問したところ、西洋でいう馬の蹄鉄、すなわち「幸運を」だそうです。
※このページの画像は、画家さんの許可をいただいてオンラインで公開しています。著作権はすべて画家のハニ・デラ・アリさんにあります。
■リンク:
Peace On相澤恭之さんのウェブログ記事
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Peace On高瀬香緒里さんウェブログ記事
カテゴリ「来日プロジェクト」
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